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時刻はすでに19時を回ったあたりだろうか。
本日の予報によれば、雨は午後には上がり、その後はずっと晴れるようだ。
おそらく、帰宅時間中に降ることはない。
彼はそう確信した。
何度も周囲を見ながら夜の闇の中、慎重かつ早足で、白い箱の中身を潰してしまわないように歩く。
今やケーキは贅沢品となり、滅多に買えない品物となった。誰に狙われてもおかしくない。
ケーキを守りつつ、なるべく早く自宅に帰る。
絶対に成し遂げなければならないミッションだ。
7歳になる娘のためなら、何だってするつもりだった。数か月前に、彼女にショートケーキを買う約束をした。
給料を切り詰めた生活は苦しかったし、自分を追い詰めるのは大変だった。
それでも、その約束だけは守らなければならない。
彼女はケーキがない世界で生まれた。
鈍色の空から鉄の塊が毎日降り注ぎ、誰かが死ぬ世界で、これから生きていかなければならない。
すべてはロボットによる逆襲が始まったその日からだ。連日降り続く鉄の雨により、畑は荒らされ、家畜は抹殺された。
農林水産業ができるような状態ではなくなった。
おかげで、各国の生産量はがた落ちし、人口も急激に減った。
ある程度まで減ると、食料は必要最低限の量は行きわたるようになった。
気象管理ロボットを収容している施設の地下倉庫で、食料を生産しているとのことだ。
一部の上流階級層の人間は、この星からすでに脱出している。
ロボットが気象を管理する前から、この計画は考えられていたらしい。
すべてが狂ったこの星から、はるか彼方に存在する惑星に移住するという夢のような話だった。
ただし、用意できる宇宙船の数は多くなく、最終的には一部の富裕層のみが獲得した。その他の人々は、個々人で持っている宇宙船ですでに星から脱出している。
この星に残っているのは船が手に入らなかった貧民か、この地に最期までいることを決意した変わり者だけである。
この男は前者でもあり、後者でもあった。
彼の働いている会社の給料では、とてもじゃないが宇宙船など手に入らない。
ケーキ一つ買うだけで、あそこまでの苦労を強いられたのだ。
宇宙船など、夢のまた夢だ。
だから、自分の愛する家族と共に、星の最期を見届けることにした。
自分たちのいる世界が終わるのは、なんとも悲しいことだ。たとえ、終わりが見えていたとしても、どうしようもできない絶望の壁に囲まれていたとしても、希望を失ってほしくなかった。
だから、ケーキを買う約束をした。
子どもの頃の思い出は、何物にも代えられないもののはずだからだ。
「よし、この角を曲がれば……!」
家族が待っているシェルターがようやく見えてきて、彼はほっと一息ついた。
そして、喜びへ一歩踏み出した。
彼はすっかり失念していた。
日々の天候は気象ロボットの気分によって変わる。
だから、予測は予測でしかないし、アテにできるものでもない。
彼の頭上から鉄の弾丸が何の前触れもなしに、明け方まで降り続いた。
そして、国歌を歌いながら清掃車がすべてを片付けていった。
朝方、帰ってこない父の様子を見に、外に出た少女がいた。シェルターのドアの前には、金色の鎖に繋がった青い石、包装紙と思われる紙切れには、少女の名前があった。
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