たぶん、こっち

29/45
前へ
/45ページ
次へ
 真木とのやりとりがなければ、単純に    そうか、コーヒー好きなんだね。くらいに返しただろうか。深読みし過ぎてもよくないと、少し間を置いて   「本当は、飲む寸前に豆を挽くのがうまいんだろうね」とだけ返した。 「そうですね、部屋にコーヒーの香りが充満して、とても幸せ」    彼女の『とても幸せ』と言った顔に、俺もミルを買うか。せめて休日の朝くらい、その幸せに浸ってもいいかなと思う。   「いいね、そういうの」  俺がそう言うと、彼女は足を止めた。      初めて彼女と話したビアガーデンの帰り道、急な告白に足を止めたのは俺の方だった。この日、足を止めたのは、彼女だ。 「コーヒー、飲みに来ませんか?」  そう言われて、動揺したのはこの日も俺だけだったかもしれない。    再び歩き始めた俺に寄り添って、彼女は小さな声で言う。   「まだ、お返事頂いてませんし」  ……返事が必要な感じだったか?と、記憶を辿る。    だけど、そうだな、俺もこの日は彼女に……   「俺もこの電車なんだ」と言えた。    彼女が笑う。   「じゃあ、少しくらい遅くなっても大丈夫ですね」    彼女の手からコーヒー豆の入った紙袋を取って抱える。    コーヒーのいい香りがする。挽いたらもっといい香りなのだろうなとぼんやりと思った。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

783人が本棚に入れています
本棚に追加