たぶん、こっち

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 ようやく、彼女は口を開く。 「嬉しい」と。    初めて、向けられたような照れたような可愛らしい笑顔に「俺も」と言った。俺も、もう“黙ってられないくらいになっちゃって”いたのだから。    しばらく見つめ合ってると 「髪がね、湿気で膨らむの、嫌だなあ、夏は」と、恥ずかしそうに髪を両手で押さえた。    そうか、真木とそうやりとりしていたんだったな。彼女が真木に触れていたのを思い出した。   「上げるといい、こうやって……」    ふわりと柔らかな髪を後ろへ梳いた。  触れる口実が出来たのだから、湿気を含んだ夏の風も、俺にとっては悪くはなかった。それと、彼女が気に入らないそんな癖のある髪も、俺にはいいものだと、思う。  “じゃ、帰るね”なんて、直ぐには言えずに  考えてみたらおかしいのだが、夕食も取らずにコーヒーと一粒のチョコレートで時間を潰していた。    何にしても、これからここへはまた来ることになるだろう。    恋人になったのだから。    それでももし、彼女が今……“泊まっていって”と言うならば……と、思わなくはないが、この日はこのまま帰ることにした。  それに深い意味はない。  家を出る前に、名残惜しそうな彼女の顔に、思わずキスしてしまったこと以外は紳士に過ごしたと思う。  
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