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Episode1-B 双子の弟を身代わりにし続けて生きてきた狡い男のお話
今からお話しするのは、昔々のとある国の双子の兄弟のお話です。
兄の名前はロルフ、弟の名前はウォルフリックといいました。
彼らは名も力も富も持たずに生まれた者、いわゆる平民でありました。
ですが、彼らが暮らす国には絶対王政のうえ残虐趣味な王が君臨しているというわけでもなく、そのうえ、社会にも”人権”という概念がそろそろ浸透し始めてきたような具合でありました。
少し話が逸れてしまいましたが、ロルフとウォルフリックは一卵性の双子だけあって、その姿もその声も”本当に”瓜二つでありました。
彼らを見分けることができたのは、彼らの両親ぐらいでした。
しかし、お母さんは彼らがまだ五才にもならない頃に病気で亡くなってしまいましたから、彼らを絶対に間違えることがないのはこの世ではお父さんだけいうことになりますね。
瓜二つのロルフとウォルフリックでありましたが、彼らの性格は正反対でした。
物事のとらえ方一つをとっても一致する所などなく、完全なる不一致でした。
不一致であっても、そのデコボコ具合がいい感じで上手く付き合っていける兄弟もいるかとは思いますが、彼らは違ったのです。
不仲の主な原因は、ロルフです。
ロルフは、子どもの頃から狡い奴でした。
自分がしでかした悪さを全てウォルフリックのせいにしていたのです。
いくら瓜二つの双子とはいえ、何でもかんでもウォルフリックのせいにするのは限界があると思うでしょう?
ところが、彼らは違うのです。
彼らだけに使える――彼らの間だけで通じる”不思議な力”がありました。
その不思議な力の”始点”はロルフとなります。
ロルフが指をパチンパチンパチンと三回連続で鳴らすと、ウォルフリックと”入れ替わる”のです。
”入れ替わる”なんて一言では、説明不足にも程があるので分かりづらいですよね?
例えば、彼らの過去にはこういったことがありました。
ロルフが木登りをしていましてた。
調子に乗ったロルフは、下りる時のことを全く考えず、そのうえ、下にいるウォルフリックが止めるのも聞かず、ドンドンと登っていきました。
案の定、下りる時になって、あまりの高さに怖くなったロルフは木の上で半ベソをかくことになります。
ところが、あら不思議!
ロルフが震える指をパチンパチンパチンと三回連続で鳴らしたなら、彼は一瞬にして木の下という”安全地帯”に戻ることができるのです。
木の上でオシッコやウンコをチビってしまうこともならなくて、胸をホッと撫で下ろしていたロルフの代わりにウォルフリックが木の上にいるのです。
ウォルフリックは、自身が高い高い木の上に登ったわけではないのに、怖い思いをしながら下りなければならないことになってしまったのです。
当のロルフは、ウォルフリックを助けることもしません。村の大人を呼んできたりもしません。
彼はそのまま、別の所に遊びに行ってしまいました。
数時間後、木の上で泣いているウォルフリックは、彼の姿に気付いた大人たちによって助けられることとなりました。
もちろん結構な騒ぎとなり、周りに迷惑をかけています。
遊びに行っていたロルフも騒ぎに気付いて戻ってきました。
そして、奴はいけしゃあしゃあと木の上のウォルフリックに向かって言います。
ウォルフリック! お前、何やってるんだ?! なんで、そんな危ないことしたんだ?! と。
自分が木に登ったくせに。ウォルフリックを身代わりにして遊びに行っていたくせに。面の皮が厚いにも程があります。
大人たちはウォルフリックを無事救出できたことに安堵しつつも、泣きじゃくり続ける彼を叱ります。
子どもは何をするか分からないとはいえ、そして、昔の自分たちにも似たり寄ったりの経験があったとはいえ、一歩間違えれば命を落としていたほどの”危険な遊びをしていたウォルフリック”をきちんと叱っておかなければならないのですから。
ウォルフリックは、泣きながら言います。
違う、ぼくじゃない。ロルフが木に登ったんだ、と。
大人たちは、呆れます。
どうして、そんなバレバレのうえに訳が分からない嘘をつくんだ、と。
その時、彼らのお父さんが駆けつけてきました。
村の誰かが、仕事場にいたお父さんを呼びに行っていたのでしょう。
顔面蒼白のお父さんは、ウォルフリックをその腕の中にガバッと抱きしめました。
ぼくが木に登ったんじゃない。信じて、お父さん。お父さんだけは信じて、と泣きじゃくり続けるウォルフリックを。
お父さんは分かっていました。
息子たちの不思議な力も、姿かたちはそっくりであれど彼らの生まれながらの性質には大きな違いがあることも。
何より、どちらの言葉が真実であるのかも。
でも、彼らの間だけで通じる不思議な力など、誰が信じてくれるでしょうか?
え?
”彼らの間だけで通じる”ということは、ウォルフリックも同じことができるんじゃないかって?
ええ、もちろんできますよ。
でも、それはウォルフリックにとっては非常に不利な条件でしか使えないのです。
彼らの不思議な力の”始点”がロルフとなる旨は、最初の方にお伝えしたかと思います。
嘘つきで狡いロルフが、指をパチンパチンパチンと三回鳴らすとウォルフリックと入れ替わります。
ですが、ウォルフリックが指をパチンパチンパチンと三回鳴らしてもすぐに元には戻りません。
時計の短い針が二周する時間、つまりは丸一日経ってからでないと、”終点”となっているウォルフリックは元に戻ることができないのです。
しかし、元に戻ることができたとしても、時はすでに遅しです。
ムシャクシャしていたロルフが学校の花壇を荒らしたのに、校長先生に捕まってしこたま怒られてしまったのは、図書室で静かに本を読んでいたはずのウォルフリックです。
ムラムラしていたロルフが隣人の熟女の寝室を窓から覗いていたのに、熟女の情夫に強烈なグーパンを喰らい鼻の骨を折ることになってしまったのは、部屋でお父さんと穏やかに話をしていたはずのウォルフリックです。
ロルフは、ウォルフリックを自分が本来受けるべき咎めや罰の身代わりにし続けてきたのです。
よって、ウォルフリックは嘘つきで人に迷惑ばかりかける要注意人物、そして、ロルフはそんな双子の弟を持って苦労している兄という”偽りの図式”が村の者たちの間で出来上がってしまうこととなったのです。
そんなある夜のことです。
ロルフは町の酒場で諍いを起こし、持っていたナイフで人を刺してしまいました。
最悪なことに、ずる賢いロルフは、危険な場所――酒場は酒場でも、”念のため”ナイフを忍ばせておこうと思うような酒場に出入りする際は、”念のため”ウォルフリックと名乗っておりました。
偽りの名前を名乗っていたロルフは、これはまずいことになった、と指をパチンパチンパチンと三回鳴らしました。
一瞬で自分の家という”安全地帯”へと戻る、いいえ、逃げることができたロルフ。
ということは、風邪気味のお父さんのために温かいスープを作っている最中であったはずのウォルフリックが無実の罪で逮捕されてしまったのです!
幸運にもと言うべきでしょうか、ロルフが刺した相手は亡くなることはなく容態も回復に向かっているとのことで、”ウォルフリックは”殺人罪での極刑――絞首刑は免れる風向きではありました。
牢屋の中のウォルフリックは必死で無実を訴えました。
お父さんも牢屋の外から、ウォルフリックの無実を訴えると同時に、”入れ替わり”と”真犯人の名”をも告げました。
けれども、そんなこと誰が信じてくれるでしょう。
殺人未遂犯の男が酒場で名乗っていた名前はウォルフリックであり、牢屋にいる奴の名もウォルフリックです。
このウォルフリックという男には、その姿もその声も本当に瓜二つな双子の兄が確かにいますも、村の者に聞き込みを行ったところ、”弟のウォルフリックは子どもの頃から嘘つきで人に迷惑ばかりかける要注意人物で、真っ当な兄のロルフはそんな双子の弟を持って苦労していた”との共通した声を幾つも聞くことにもなったのですから……
牢屋の中のウォルフリックは口で無実を訴えるだけではなく、時計の短い針が二周したほどの時間が経過したのを見込んで、指をパチンパチンパチンと三回鳴らしました。
やっと家に戻ることができたウォルフリックですが、ロルフが再び指をパチンパチンパチンと鳴らしたので、彼は牢屋へと逆戻りです。
これではきりがありません。
可哀想なウォルフリック。
家族は選べないと言っても、あまりにも惨過ぎます。
絶望したウォルフリックの慟哭が、冷え冷えとした牢屋に響き渡りました。
それから、一か月後の夜。
暖かいベッドの中で浅くまどろみながらも、ロルフは考えていました。
なんだか親父の奴、昨日から急に大人しくなりやがったな。仕事も休んでウォルフリックの部屋にこもりっきりだしよ。今までは自首しろ、何だの言って俺に何度も殴りかかってきやがってたのに。まあ、俺も殴り返したけど。でも、まあ確かに、ウォルフリックの奴には気の毒なことしちまったな……今回は今までの身代わりに比べると、ちょっと重すぎるかもしれねえ。牢屋では酒も飲めねえし、メシは不味いだろうし、囚人同士の虐めとかもあンだろうし、男が好きな奴とかもいンだろうな……でも、まあ、いいか。あいつはきっと、俺の影になるために生まれてきたンだろうしよ。神サマが俺の予備を創ってくれたんだぜ、きっと。あいつが牢屋でどんな目に遭ってようが、俺は知らねえし、考える必要もねえ。と。
なんと身勝手で狡いロルフなのでしょうか?!
こんな人面獣心の彼に、天罰を下すものは誰もいないのでしょうか?!
まどろんでいたロルフは、そのまま夢へと落ちていきました。
落ちていきましたと言っても、深い眠りではなく、浅い眠りではありました。
でも、彼が見ている夢は妙に鮮明でありました。
夢の中のロルフは夜の墓地にいました。
静寂に包まれし厳かな墓地。
夜空から黄金色の月の光が眩しく降り注ぎ、どこか雨上がりの匂いを含んだ風が時折吹き抜けて、彼の足元の湿った草をかすかに揺らします。
この墓地にいるのは、彼だけではありませんでした。
シュネーグレックヒェン(スノードロップ)の花束を手にした喪服姿の女性もいたのです。
黒いベール越しにも、彼女が相当な美人であるということは見て取れます。
美しい未亡人といった風情の女性に、ロルフの喉はゴクリと鳴りました。
ですが、彼女の様子がおかしいのです。
ガルルルルという獣のような低い唸り声をあげだし、ゴキゴキと体内の骨そのものが変形していくような音までもが、彼女から聞こえてきました。
ついに、彼女の猛る筋肉と体毛を押さえつけられなくなった喪服は千切れて弾け飛びました。
ヴァラヴォルフ(ウェアウルフ)です。
喪服の美女は、ヴァラヴォルフであったのです。
花言葉は”あなたの死を望みます”なシュネーグレックヒェンの花束をほっぽり出したヴァラヴォルフは、ロルフへと襲いかかってきました。
ロルフは逃げました。というか、素手で戦っても勝てる相手ではないでしょう。
逃げる途中、ロルフはここが夢の中だということまで忘れて、指を鳴らしてしまいました。
ウォルフリックに身代わりをさせるために。
パチンパチンパチン、と。
浅い眠りであったためか、夢の中のロルフと現実のロルフの動作は連動してしまったのです。
安全地帯であるはずのベッドの中で、ロルフは指を鳴らしてしまったのです。
ロルフは悪夢から覚めました。
目を覚ました彼がいるのは、牢屋の中であったと思うでしょう?
本来、彼こそがいるべき場所であったと思うでしょう?
ところが、違いました。
真っ暗闇の中で、ロルフは横たわっていました。
すごく窮屈で”息苦しい”闇の中に。
腕を伸ばそうにも伸ばせません。
左右ともに硬い板にコツンと当たります。
いえ、腕を伸ばせないだけじゃなくて、寝返りを打つことも、起き上がることもできません。
だって、ロルフが今いる場所は、棺の中なのですから!
土の中に深く深く埋められた棺の中に、彼はいるのですから!
自分の状況を悟ったロルフは叫びました。
息苦しさがもっと増してしまうと感じつつも、叫び続けずにはいられませんでした。
ど、どういうことだ?! なんで、ウォルフリックが棺の中にいるんだ? 絞首刑にはなっていないはずだろ?! ま、ま、まずは落ち着け……しばらくの辛抱だ。そうだ、丸一日経てば、”あいつはまた指を鳴らす”だろうから、俺は外に……
ロルフの意識はすでに混濁し始めているのでしょうか?
お父さんのいる家に、帰りたくて帰りたくてたまらなかった家にやっと帰ることができたウォルフリックが指を鳴らすはずがありません。
そもそも、棺は生者が眠る場所ではないのです。
ウォルフリックの冷たい指がもう動くことはないのは、落ち着いて考えたら分かることですのに。
ロルフが機密性のある棺の中で過ごす時間は、恐怖と絶望が上乗せされ、実際の時間よりも長く感じるでしょう。
頭痛やめまい、吐き気が次々に襲い掛かってくるでしょう。
更なる意識の混濁や譫妄までもが起こるでしょう。
………棺の中のロルフは、あとどれくらい”持つ”でしょうか?
翌日。
ロルフの葬儀が行われました。
村の人たちは、”ベッドの中で冷たくなっていたロルフ”の葬儀に参列しました。
医学的知識のある人が、彼の遺体をじっくりと調べたなら、昨夜の就寝中に亡くなったにしては腐敗の進行が早いことに気付いたはずです。
ですがお父さんが、早く安らかに眠らせてやりたい、と、葬儀と”火葬”を行いましたため、彼の遺体は調べられることはありませんでした。
彼らの時代では、土葬の割合が多かったのですが、遺族であるお父さんの意向を汲み、火葬となりました。
参列した村の人たちは、牢屋の中のウォルフリックも亡くなっていたことを、お父さんより聞かされます。
一昨日、彼の獄死を知らせる手紙がお父さんの元に届いたそうです。
彼の最期を間近で見ることになった他の囚人たちの話では、牢屋の隅にいた彼が急に胸を押さえて苦しみ出し、あっという間に死んでしまったとのことでした。そう、絶望が原因となった突然死でした。
そして、”囚人にも囚人の家族にも人権なし”であるのか、彼の遺体は家には戻されず、牢屋近くの墓地に既に埋葬を終えた後であったとも、お父さんは知らされました。
”村の墓地に建てられた墓標”に刻まれた名前は、ロルフの名前です。
ですが、”白い骨となってここで眠る者”がロルフではなく、ウォルフリックであることを知っている者が、この世に一人だけいるのです。
そして、その者はロルフが今、どこにいるのかも知っているのです。
朝、彼らのお父さんが、ロルフのベッドの中の冷たいウォルフリックを発見した時、”墓の下に生き埋めとなっているロルフ”を助けようとすぐに家を飛び出していたなら、ぎりぎり間に合ったもしれません。
発狂状態で、心身ともに後遺症が残ったかもしれませんが、ロルフは命だけは助かったかもしれません。
けれども、お父さんはそうしませんでした。
やっと家に帰ってきたウォルフリックの冷たい体を、腕の中に抱きしめて噎び泣き続けました。
哀れな短い一生を終えた息子の名を幾度も呼び、助けてやれなかったことを幾度も詫び続けました。
お父さんのこの選択は、親として、何よりも人間として許されることではありません。
彼自身、墓場まで持っていく秘密であるうえに、この罪の報いを受けて地獄に堕ち、業火で焼かれ続ける覚悟もしているでしょう。
ですが、いくら親だからといって、自分の子どもたちを平等に愛し、守り、助けようとすることができるとは限りらないのです。
それにお父さんだって、二人の息子を平等に愛そうと幾度も努力してきたでしょうに、そうさせなかったのはロルフ自身であるのですから……
――完――
【参考文献】
・コーディー・キャシディー、ポール・ドハティー『とんでもない死に方の科学――もし○○したら、あなたはこう死ぬ』河出書房新社、2018年
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