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「――――― 亮平先生ってさぁ、刑事事件の弁護って向いてないんじゃない? 」
差し入れを持ってきた環が、お茶を啜りながら呆れたように言う。
「何で」
「隈、凄いよ」
つい、とマニキュアで彩られた人差し指を向けられ、人を指差すな、とその指を軽く叩く。
「亮平先生って、基本的にお人好しじゃん。殺伐としたのが似合わないよね」
広げた重箱から、厚焼き卵を取り上げ、「余計なお世話だ」と憮然と告げて口に押し込む。少し甘めの味付けとふんわりとした食感が美味しい。環の母が作る卵焼きは絶品だと思う。
もくもくと咀嚼しながら、確かに、と胸中で独り言ちた。
確かに向いてないと言われても仕方ないかもしれない。
色々と事情を知ってしまうと、どっちつかずになってしまうこの性分が邪魔をしているのは、自分でも分かっている。図星を指されると、腹が立つのは人間の特性だ。
しかもそれが年下から、となると、余計に面白くない。
「そろそろ帰んなくていいの」
いんげんの牛肉巻きに齧りつきながら時計を見やると、間もなく二十一時になろうとしていたので訊ねると、環は緩い笑みを見せる。
「レオ君が迎えに来てくれるから大丈夫」
にんまりと笑って言ったのを見計らったように、環の携帯が着信を告げる。
「あ、レオ君? 今、降りて ―――― あ、そう? じゃあ、三階ね。うん、待ってる」
やけに甘えた声で答えて携帯を切った。何分も待たずに、インターフォンが鳴った。
自分の家のように環が玄関へ向かい、ドアを開ける。
元通りの派手な頭になった中沢礼生が三和土に立ったまま、亮平に頭を下げた。
「お久し振りです。その節はお世話になりました」
「ああ、元気そうだね」
「おかげさまで。―――― 帰ろうか、タマちゃん」
亮平に頷いてから、礼生は目を細め、へにゃりとした笑みを環に向ける。
「うん。じゃあね、亮平先生」
「気を付けてなー」
ひらひらと手を振る環と、細い目を更に細める礼生を見送り、亮平は閉まったドアを施錠した。
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