弁護士

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 透明なアクリル板越しに現れた中沢礼生を見て、亮平は思わず呟いた。 「地味だな」  うっかりぽろりと零れたそれに慌てて口を塞ぐが、相手に届いていたようで、彼は困ったように苦笑する。あの派手な髪はすっかり黒くなり、更に短く刈り込まれていた。 「そうなんです。俺、親父に似てるんです。地味で平凡で。親父は中小企業のサラリーマンなんですけど、万年係長でホント目立たないんですよ。だから親父みたいにはなりたくなくて、ヘアデザイナーの道を選んだんです」  そうは言うものの、しっかりした受け答えに、家庭での躾が窺えた。  亮平は頭を切り替え、弁護士の顔になる。 「私は弁護士の数寄屋橋と言います。今回は花村環さんに依頼されてあなたの弁護をすることになりました」 「タマちゃんが……」  細い目を瞠った礼生が、次いでふと首を傾げる。 「スキヤバシ先生って、離婚専門なんじゃないんですか」  一体環がどんな話をしているのかと問い質したくなりながらも、笑顔をつくった。 「離婚の相談が多いというだけで、専門なわけではありませんよ」  言って、手帳を広げ、ペンを構える。 「じゃあ、まず、事実確認をします。正直に答えてください。塩見さんの手帳に、前日二十三日の夜あなたと呑む約束があったとありますが、これは本当ですか」  礼生はあっさりと頷いた。 「本当です。裕梨とは学内のイベントで良く組んでたんで、ディスカッションすることも多かったんです。お互いのデザインについて」 「塩見さんもヘアデザイナーを? 」 「いえ。メイクアップアーティストです。それで、二十三日の夜もいつも飲む店で八時に会おうって、約束してました。学内のファッションイベントが三週間後に迫ってて、打ち合わせのために」 「ファッションイベント? 」 「定期的にやるんです。発表会みたいなもんですよ。ただ今度あるのは服飾の専門学校と合同なんで、大がかりですけど。そうだ。タマちゃんも知ってるはずです」  そういえば、環もイベントが近いから、と必死にミシンに向かっていると、彼女の母が言っていた。 「なるほど。そのイベントでも、彼女と組む予定だった? 」 「はい。感覚が似てるって言うか、具体的な説明をしなくても、フィーリングでイメージを分かってくれるっていうか」  考えながら話す礼生に、亮平は首を傾げた。 「失礼ですが、今の言い様だと塩見さんが恋人か何かのように聞こえるのですが……」  すると、礼生は手錠の掛った手を慌てて顔の前で振る。 「恋人じゃないですよ!何て言うか……親友です。裕梨もそう言ってましたし、疚しい付き合いはしてません。タマちゃんがいるのに、そんな……」  言いながら目を伏せる礼生に、嘘を言っている様子はない。亮平は別の質問をした。 「六時頃、あなたから家で飲もうと言うメールが塩見さんの携帯に入っていた、ということですが」  礼生が眉を寄せて緩く首を振る。 「知りません。そんなメール送ってないし、僕の携帯には履歴も残ってないんです」 「でも、塩見さんの携帯には、確かにメールが残っている。例えば、誰かに携帯を貸したとかは? 」 「ないです。でも、結構置き忘れたりするんで……」  罰が悪そうに言う礼生に、頷いて続ける。 「凶器に残っていた指紋があなたのものと一致した。多分、この一点を検察側は突いてくるでしょう。この鋏に見覚えは? 」 「……そりゃあ、学校の備品ですから。新品で十本入ってきたうちの一本です。入った時にすぐ授業で使わせてもらったけど、やっぱり使い慣れたものの方が良かったんで、それ以降は使ってません」 「授業で使ったのはいつ頃ですか」  記憶を手繰るように、口許を手で覆って斜め下に目をやる。 「いつだったかな……。確か、二十日の日に入ってきたから…翌日、二十一日の午後一番の授業だったと思います」 「その後に誰かが使ったとかは? 」 「さあ、そこまでは……」  亮平は最後に、事件当日の礼生の行動を確認した。  警察に何度も話したのだろう。その口調は淀みなかった。 「二十三日は、授業が終わったのが五時半。カフェで休憩がてら軽く食べて、六時から九時まで三階の実技室でカットの練習をしてました。集中してたので、時間に気づかなくて……。慌てて帰り支度をして、店まで走りました。店に着いたのが九時十五分頃で、裕梨がいなかったので携帯にかけました。出ないので仕方なく待ってたんですが、さすがに十時を過ぎたらもう来ないだろうと思って帰りました。家に着いたのは十時四十分頃です」  
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