アイスドール

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アイスドール

 初公判。  実のところ刑事事件の法廷に立つのは初めてで、少し緊張していた。  ロビーで深呼吸しているところで肩を叩かれ、飛び上がりそうになる。振り返ると、以前在籍していた法律事務所の弁護士が立っていた。 「やあ、数寄屋橋先生。久し振りだね。元気そうで何よりだ」 「渋木先生、ご無沙汰しております。先生もこちらで公判が? 」 「いや、君の雄姿を拝もうと思ってね。何しろ相手は『アイスドール』だって言うじゃないか」 「アイスドール? 」  聞き慣れない単語に首を傾げると、渋木は、おや、という顔をした。 「知らないかい? 香坂(こうさか)(あきら)検事。どんなときも表情が崩れない。氷みたいに冷たくて、人形のように感情がないんじゃないか、ってことでついた渾名が『アイスドール』。今日の君の相手だよ」  何もそんな厄介な相手をぶつけてこなくても、と、亮平は神を呪った。  アイスドール―――――― 香坂検事は噂どおりだった。  一切表情を変えず、淡々と、淀みなく発言する。こちらが何を言っても動揺も狼狽もない。  こいつ本当に人形じゃないのか。  頭の隅でつい毒づいてしまうほど、一貫して表情も態度も変わらない。  歯噛みしたい思いで検事を見る。  黒っぽい細身のスーツでそこに立つ香坂は、『人形』という形容がしっくりくるほど整った顔立ちをしていた。だからなのか、表情がないと余計に冷ややかさが増す。全身から冷気でも出ているかのようだった。 「―――――― この凶器には、中沢さん、あなたの指紋だけが残っていた。学校の備品なら他の生徒の指紋がついていて然るべきだと思いますが、どうでしょう? 」 「そうですね」  香坂の事務的な口調の問い掛けに、やや気圧されるように礼生が頷く。  目だ、と亮平は思った。  感情の載らない、けれど、嘘や言い逃れを許さない鋭い光を宿した目。  それに圧されるのだ。 「あなたは、度々誤って学校の備品を持ち帰ってしまうことがあったそうですね」 「え、あの、それは……」  礼生がうろたえたようにしどろもどろになり、ちらりと亮平を見る。  その話は聞いてない。  胸中で舌打ちしながら、礼生を見返し、顎を引いた。  正直に答えてもらうしかない。 「はい。でも、気づいたらすぐ返してました」 「この鋏も、最初の授業で使った後、持ち帰ってしまったのではありませんか? 」  半ば遮るように発された質問。返す返さないが問題なのではない。  鋏を持ち帰ったかどうか。  困惑しきった顔で、礼生は香坂を見返した。 「―――― 分かりません」  礼生が項垂れるのと同時に、香坂は裁判官を振り返った。 「質問を終わります」  
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