外交

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外交

 その日、銀河一の巨大宇宙ステーションである、銀河系連合会議所の秘密の一室では重苦しい空気が漂っていた。銀河系連合のトップの要職である最高議長を含め、その彼につき従い、それぞれに連合の重要ポストにもついている、ごく限られた各星の代表が、はるか彼方の星から経由されているモニター画面を、呆然とした顔で見つめていたのだ。巨大なスクリーンには、黒と白のコントラストで合わされた民族衣装を着込んだカムイが、退屈気な顔すらし、まるで、耳垢でもほじくりだすかのように、自分の角についたゴミを指でいじり、はらっていたりするところであった。  顔のほとんどを覆うかのような黒目しかない眼を、もう一度、パチパチと瞬きしてみせると、大きな頭の中にある、穴しかない鼻の下の、最高議長の小さな口は、 「そ……そんな」  と、先ずは、一言、乾いた口調を漏らすのであった。カムイは、そんな反応を一度は眺めてみたが、やはり退屈にしている事は変わらない。すると、 「そ、そんな!お前の欲しがってた太陽系はやったじゃないか! やれば、もう侵攻を止める、と! 講和条約にも応じると!」  自らよりも、見た目は遥かに若い男の傍若な振る舞いにも苛立ちつつ、随分と小柄な議長は、畳みかけるように言葉を荒げ、続けたのだ。 『老人、だから言っただろ』  カムイは最早、めんどくさそうにすらしている。 『気が変わったのだ。だから、オレはお前たちを根こそぎ奪ってやる事に決めた。それだけの事だ。何をそんなに驚いている?』 「き、君! 仮にも国家元首だろ! 国と国の関係というのはね! 個人の気まぐれとはわけが違うのだよ! それにうちは銀河系連合だぞ!」 「ちょい……! 事務総長! やめたまえ!」  今度はトカゲの化け物を巨大にしたかのような男が、画面にくってかかる。どうやら、頭に血がのぼりやすい性格の様子だ。議長が振り向き、あわてて諌めるようにし、 「だ、だが、どうだね。このまま戦争を続けてみたところで、お互いに利益があるようにも思えない気がするのだが……」  議長は、今度は、相手の機嫌を取るような口調に声音をかえ、 「聞けば、君がどんどん領土にしていっている星と国々の人々には、君達は人権も何もないような扱いばかりしてるそうじゃないか。そんな事ばかりの統治では、そのうち、暴動も置きかねんよ? 君は知らないかもしれないがね。その昔、太陽系の連中は、そら、恐ろしい事を我々に…………」  議長は、かつて、元の自分たちの文明自体は、地球人のそれよりも凌駕していたというのに、ある日、侵攻してきた太陽系連邦にあっけなく屈した民族の歴史を、決して忘れないようにして生きてきた男であった。だから、自分の星に未だ在住している地球人族の顔つきを眺めるだけで虫唾も走る、かなりの差別主義者だったのだ。今も尚、語ろうとするだけで、民族のプライドすら煮えくり返ってくる。だが、巨大な脳のつまった頭をフル回転させ、交渉の糸口をつかもうと語りだしていると、 『……知らん。その草原をどうしようが、それは兄弟たちの自由だ。オレたちは草原の民だ。草原の民はどこまでも自由だ。そしてやっぱり、お前たちの草原も欲しくなった。ただ、それだけの事だ。草原は広いほどいい。広いから、いい!』 「………………!!」  銀河系一の戦闘民族の発想は、なんと自己中心的なのであろうか。だが、議長が絶句する中、それが当たり前だとでもいうふうに、目の前の鬼の王は、自分の言った言葉に頷いてみせたりしているではないか。 「話にならん! この! 野蛮人が!」  その場にいた誰しもが、心の中に思っていたとしても口には決してしなかった一言が、とうとう室内に響いてしまった。皆からの驚きの視線を一気に集めたのは、先程も食ってかかった巨大なトカゲ男の種の者であり、言った本人が、(しまった……)とした顔と共に、眼を見開き、ガマ口の形状をした自らの口をあけ、先っぽの割れた、長い舌すら見える頃、全ては、時、遅し、であったのだ。恐る恐ると各種異星人である老人たちが、モニター画面に視線を移すと、そこには、すっかり冷淡に目も座り、三白眼ともなった黒い瞳の鬼が、ジッとしているところであり、 『…………少々、器用に、天翔ける船を動かせるくらいで、いい気になるなよ?』  カムイの声のトーンは一気に下がってすらあって、それは本人が急激に不愉快となっていることを物語っていたのだが、 「す、すまない! すまん! 大オノゴロ国、黒王、カムイ・モル殿! 私が銀河系連合最高議長として、今の総長の発言を、しゃ、謝罪、撤回する! 加えて、彼の星に対しては遺憾の意を……!」 「お待ちください! 議長!私にではなく、私の星ですと?! 私の星に対してとなりますと! 我が祖国も敵に回すという事でよろしいか! 我が皇帝は、烈火の帝でございますぞ! 無論、私も、今、烈火のごとく……!」 「じ、事務総長……君は言葉のあやというものを……」 「そうだ! 事務総長! 私も前から貴公の星には言ってやりたい事があったのだ! なんでも、私の星系統の在住者は、公的なサービスも受けられないそうじゃないか! ……我慢に我慢を重ねてきたが、私たちも、もう限界だ!」 「うるさいわい! 我が帝国が侮辱されたのだぞ! ハシビロコウ顔は黙ってろ!」 「それは、地球原産の鳥だろうが……!……お前なんか、とっくに滅んだ恐竜みたいな顔しやがって! 我慢に我慢を重ねてきたが……我々を鳥などと同格にしやがって…………!!」 「き……君たち……! 静粛に! 静粛に!」  個性豊かな顔つきの面々は、その個性の強さ故、一室の中で、それぞれが勝手が勝手を呼ぶ主張の合戦場となってしまっていった。すっかり呆れたのは、はるか彼方の星にいる鬼の王である。 『わめくな……はやく斬り合え』  と、一言、言った後、尚も紛糾するだけの場内を白けた顔で眺め、 『……なんだ。戦は? 決闘は? 無しか? お前たちはまるで……』  と、更に何かを語る途中で、画面は急激に乱れると、とうとう通信は切れてしまい、 「………………!!」  真っ暗闇となってしまった巨大モニターを、皆が一斉に見上げた時には、その顔の全てが蒼白としていたのであった。  再度のコンタクトを試みるも、それが絶望的と知ると、室内の沈黙は更に重く、漂っていた。 「ま、まずい事になったぞ…………」  先ずは小柄で頭だけがやけに巨大な議長がぼそりと呟くと、 「……ぎ、議長、申し訳ありません。つい、頭が烈火と……」  恐竜が服を着ているような事務総長が、漸く我に返ったりしたのだが、 「それは、公人としてかね、私人としてかね……?」  などと、今度は、タヌキの顔をした獣人系の宇宙人が蒸し返してくれば、 「なんだと……きさま……?!」  恐竜総長は、すぐさまにまたもや瞬間湯沸かし器を沸騰させる有様である。 「よ、よさんか……ともかく! 静粛! 静粛に!」  もうすっかり職業病である言い回しで、またもや紛糾しそうになった場を議長はおさえると、その場にいた年老いた男ども皆の心の中によぎるは、強い権力と、時に、法外な報酬を手に入れるためだけに、苦労に苦労を勝手に重ねた、星の代表となるまでの道のりの日々であり、ようやくありついた座に対する保身でもあれば、更なる欲望すらも未来に見据えた者もいた。そうして所謂、皆が皆、老獪とした顔となれば、表情は一つであり、 「ま、先ずは、今後、発生するであろう太陽系からの難民問題についてだが……」  などと、議長が口火を開くと、 「あそこは相変わらず地球人族が多い。ワシの星からは誰も行っておらん。正直、ワシたちの毛無しサル嫌いは根っからでしてな。それよりも、皆さんの星にいる、やつらの同胞が、うるさくでてくるかもしれませんな」 「君~、他人事は困るよ~。そちらだって乗り掛かった舟だろ~。それにそれは差別発言だよ? 気持ちは解るが、誰が聞いているかわからんのだぞ。ただ、まあ、確かに、議員の言う通りでありますな。……これは、私も一度、帰国して、大統領にお伺いを立てねば、と……」  またもや、勝手な物言いをする者の一人に、議長は苦笑しては答えてみせたりしたものの、相変わらず問題は、お互いがお互いに勝手な事を言い合うだけで、たらい回しにされ、物事は何一つ進む事なかったのだが、とうとう導き出された最終結論と言えば、顔を突き合わせた老いた者たちの、 「ま、くれぐれも、この事は、内密に……」  という事だけであった。 「……全く、どれもこれも醜い顔ぶれだ。老いた者になってもああにはなりたくないものだ」  カムイは、古ぼけた機器の前でぼやくように呟いた。すると、少し離れたところにある、マンモスの毛皮のような巨大な寝台な上に腰かけ、終始、困惑気な顔で、経緯を眺めていたのは、最早、赤いうす透明のショールの下は、際どい、これまた赤いビキニのような衣装のみで、かなり好色な出立ではありながら、長い髪を双方で赤い髪留めにまとめた間には、今まで、どの妃もその頭に載せることも叶わなかったらしい、かつての古い慣習の名残であるという、小さい王冠をかぶったアスカが、少し、オーバーに溜息をついてみせた後、 「あんたね~。今のは、あのおじいさんたちの言ってる事に、一理あり、よ~」  などと、諭す様に語りかけたのだが、 「……なにがだ?」  機器を、なにやらガシャガシャ動かしはじめたカムイは振り向いて答えるが、その顔は、全く何も解っていない様子であった。 「そーゆーとこっ! あんた、一応、王様でしょ~? そんなことしてたら、信頼なくすわよっ?」 「…………どうした?」  カムイは、変わらず、しまいにはにこやかにアスカに笑いかけすらし、機器をガシャガシャし続けては、こちらを眺めるのみである。  惑星ハイデリヤは穏やかな夜風の吹く夜だった。大都オンサルの、王の宮殿の寝室の外では、アスカが見た事もないほどの満天の星空と、綺麗で大きな月が浮かび、彼女がかつて軍務につく前、少女時代に母親に読んでもらったヴィルヘルム・ハウフの童話の世界であるかのようであった。ただ、その童話の世界の中から飛び出てきたような、目の前の若き王様とは、全く話は嚙み合わず、乙女は肩をすくめると、起き上がり、王の元へと近寄るのである。そうして、未だにカムイがいじくっている機器を、無言でよこすように促せば、 「かかさまが使ってたものなんだ……前は、ここを押せば、皆、際立って映ってたんだが……」 (…………)  随分と旧式の通信機器を渡しながらのその声は、自らの親の事を語る時のみ、まるで少し鬼気迫るほど真剣だ。特殊部隊にいた少女は、プロの目でもって機器の様子を眺めていると、 「どうだ……? 直るか? かかさまの匂いもまだ残ってるんだ……」  などと更に語りかけてくる言葉には、その驚くべき嗅覚に青い目も一際に大きくしてみせたが、アスカの答えと言えば、 「……でぇ~。あんた、これからも、こんなやり方でやってくわけ~?」  などという、自らの故郷にも及んだ蛮行の手法でもあったりしたのだが、 「……なにがだ?」  と、相変わらず、黒い鬼の王は全く理解できてない。アスカは、とうとう本気で呆れると、 「あーのーねー? あんたが、ととさま、かかさまって後生大事にしてるように、あの星空の中には、あの星の数以上に、自分のととさま、かかさまを大事にしてる人たちがいるのっ! あんたたちのやってる事は、それをある日、突然、無理矢理に、引き裂く事なのよっ?!」  見上げて説教をする乙女を前に、王の顔は次第にみるみる変わっていくと、 「…………! オレ、アスカのととさまとかかさまを、傷つけたか?! 殺したのか?!」  と、驚くように問いかけてくるではないか。それには、元女性軍人も目をキョロキョロと泳がせるしかなく、 「や……、あ、あたしは、小さい頃にママも死んじゃったし……? パパなんて、ほら、精子バンク、だし……国に墓があるくらいで、育ての親とは他人みたいなもんだったし……?」 「せ、バン……?」  ただ、語り合いは、どこかで一向にかみ合わない。アスカはもう一度、思いっきり溜息をつくと、 「だめねっ! 旧いタイプだし! あんたの事だから、乱暴に扱ってきたんでしょ~っ!? 換え時よっ!」  などと話題を変える事であり、すると黒王は、 「そうか……残念だ。おい、誰か!……これはもう使えないらしいが、蔵に大事に保管しろ。砂埃一つつけるな。つけたら、殺す」 (…………!)  女中の一人が現れれば、相変わらずカムイは、驚くような命令を平気で口にするではないか。だが真意に思うところもあれば、アスカは、肩にかかる髪を一度かきあげると腰に手をやり、もう片方は相手に突き出すようにすると、 「そういうとこっ!」  と、厳しい口調で諭すように言ってのけたのだが、王は、一度、首をかしげた後、考えるふうに手を顎にやったものの、 「確かに……かかさまがいなくなった時は、オレも辛かった……。その後など、地獄の上塗りだ……! 今でも……許せん……!しかし……オレは気づかなかった。アスカのととさまとかかさまを殺してしまったのかと思えば、たった今、大地が揺れたかと思ったぞ。……そうか。アスカも小さき頃に、かかさまを失ったのか……オレと同じだ……!オレは、アスカと同じで嬉しい……!」  などと、とうとう抱きついてくる始末でないか。 (…………ぜんぜん、わかってなーいっ!)  無邪気ですらある笑顔を前にして、アスカは、もう一度、嘆息は禁じえなかったのであった。  ただ、アスカの一言に、カムイも何か思うところがあったのであろうか。連合側が恐々とする中、オノゴロからの襲来は、しばしパタリと鳴りやんだのだ。とりあえず、ほっとしたのは黒王との密約でもって事を収めようと動いていた、秘密会議のメンバーの老人たちであった事は言うまでもない。また、猛鬼たちは脅威にあったにせよ、銀河系は尚、広く、オノゴロの拡張した領土よりも、連合に参加している星々の数の方が、未だ、多かった。保身しか頭にない老人たちは、今の事態が、「第二次宇宙大戦」などという不名誉な呼ばれ方をされない事のみに、細心の注意を払い、幸い、元入植者の末裔も含め、かつての第一次宇宙大戦が終わった後も、銀河の果てまで航海しようとする、どの星の人々よりも探求欲求が強いかもしれない地球人の同胞たちも、他人事らしく、あまり声を大きくする事はなかった。  問題は、連合の一員であったはずの太陽系の領土が、まるで、杭でも打たれたかのように、大オノゴロ国の「飛び地」となって歴然と有り続けた事だ。鬼たちの圧倒的搾取を前に、命からがら逃げおおせた、主に、地球人を中心とした、太陽系からの難民の宇宙船は、度々現れ、それを隣接した星系の人々が見逃すこともできなかった。そして、飛び地となった領地へと向かう、オノゴロ国の配下となった宇宙船たちを黙って見過ごすより手はない、膠着した日々も続けば、各星々にあるメディアは、こぞってそれを取り上げる事となり、かつて、征服者として恐れられ、恨まれたはずの地球人は、今度は悲劇の民族の顔のように語られることもあるほどだった。    無論、銀河系連合内でも、何度も議題として取り上げられたし、野党の議員が、主に政権与党に、この問題を「人権」と言う名の武器でもって国会などで追求し、有権者に対する自己アピールという名の政争の具にすらした国々のある星も現れたりしたものだが、銀河系連合会議所で張っている、多種多様な容姿のメディアの記者たちの追求に囲まれて、尚、老人たちが行った事と言えば、沈黙であるのみなどであった。
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