はじめの一歩

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はじめの一歩

 モモとクーの乗る、テオが操縦する宇宙船は、船窓に、未だ戦火の噴煙たちこめる太陽系の星々を眺めることもできたが、大した妨害もないままに、やがて太陽系外への脱出に成功するのであった。 「………………」  とりあえず、手近な所のワープホールに飛び込んだ超光速空間の中、船内は、少しばかりの重苦しい空気も漂っていたであろうか。やがて、自動運転なので、あまりすることもないモモは、 「……クー、だいじょうぶ?」  などと、すぐ隣に座るクーに訪ねてみたりするのであった。だが、それまで確かに、沈んでいるかのような顔つきであった赤目の少女であったのだが、 「……没問題っ!」  クーは、一度、踏ん切りをつけるかのように、お国言葉を口走ると、その顔は、先刻までが嘘のように、明るい表情を取り戻していたりするのであった。可憐な姿に似合わず、その内心はどこまでも気丈であったりするのが、淑女、というものなのは万国共通である。 「パーパとも約束したことネっ! 光の存在が現れた時、それは全銀河の危機であると共に、救世主の出現ネ! うち、救世主のお手伝いできるなんて、こんな素敵なことないネ!」 「……そっか」  新しくできた友が元気を取り戻せば、答えるモモも、つい、笑みがこぼれるというものだ。だが、相手にそう言われてしまうと、今度は、モモが少し困惑気に、睫毛長き南国の大きな瞳をクルリとさせ、 「……闇、とか、光とか、なんだか難しいな~。それ、ほんとに、わたし、なのかな~」  なんぞと、もう何度目かと言わんばかりの本音を、思わず、つい、口走ってしまうのであった。 「なに言ってるアルか~っ! モモで間違いないアルよ~っ! モモの中に強い『気』があることは、うちにもよくわかるっ! こんな強い『気』、異星人にもないことネっ!」 「……『気』?」 「元は、生命エネルギーのことだけど、うちらが持ってる超能力の意味でもアルね。うちは、マーマの国の言い方が好きで、そう呼んでる!」 「あ~、『パワー』のことか~」  たまに異星出身のクラスメートが文房具を浮かばせたりしている程度なら、モモも見たことがある。だが、地球人でなら尚更、相手の行動を、まるで有無も言わせずに従えることができたりする能力まで持つ者など、見た事も聞いたこともないのは確かだ。クーの語りは続く。 「……パーパがまだ総理してた頃、マーマが、母国では『気』は誰しもが持ってるって言われ方をしてるって、パーパに話してたことがあって、それをヒントに、パーパが作ったって特殊部隊の人たちにも会ったことあるケド、なんだか……モモの持つ『気』は、何かが別格、ねっ!」 「そうなのっ?!て、クー、すごいわね。相手の、『気』?がどんなかわかっちゃうんだっ!」 「モモなら、すぐできるようになるネ!」  三六〇度にプラネタリウムのような宇宙空間が続く中、気づけば、船内では、すっかり元気な女子トークが華やいでいたのであった。しかし、飛び出してみたはいいものの、銀河系を救うとは、随分とスケールのでかい話のことだ。困惑するモモを元気づけたクーであったとしても、次第に話題は、そもそも、女の子二人で、何ができるのか、という現実的、具体的な話に変わっていくのは自然な流れであった。そして、道しるべとも言える、AIウズメからのラストメッセージと言えば、「小烏丸」という剣を探し出す、という事のみなのである。 「モモは、なにか、聞いた事ないアルか?」  と、クーが訪ねれば、 「ええ~っ。ぜんっぜんっよっ! わたし、そんな大昔のおじいちゃんが凄い人だってことも、知らなかったのよ~?!」  などと、モモは即座に答えてしまうのであった。  くわえて相手は、銀河系をどんどん支配してきている銀河一の戦闘民族である猛鬼たちのいる国、大オノゴロ国とその王なのだ。 「ふ~む……」 「あいや~……」  旅立ち早々、黒髪と赤毛の美少女二人は、最早、暗礁に乗り上げるように思案にくれ、各自黙りこくってすらしてしまった。すると、 「銀河系連合加盟地域内ニ到着致シマシタ。近場ノ星系某国ニテ、太陽系ニツイテノ報道ガナサレテイマス」 「……っ! こっちによこして!」  テオの報告に、即座にモモは指示をだし、少女二人の前には、地球人の姿の司会者と、異星人であるコメンテーターが、スタジオのモニター画面に映る焦土と化した太陽系の星々にある各国の都市の映像を前に、 『や~。こわいですね~』  などと、まるで他人事のように語っている最中のホログラムが出現すれば、乙女の顔は二人共に一気に険しくなったのは言うまでもなかった。  曰く、太陽系にやってきた猛鬼たちは、各星々の世界中で暴れ回り、国家という国家は、降伏の意思を示して尚、全て滅ぼされたという。それには、各星々にある国連の代表が恭順の意を表しても、全く無駄であり、斧でもって、その場で斬り捨てられていた。元首である黒王は早々と立ち去ったらしいが、その後も、そのまま猛鬼たちは居着くと、尚も、残った地球人、在住している宇宙人達に非道の限りを尽くしているそうで、中には他の星に人身売買された者までいるというではないか。 「……………っ!」  モモは、我が家の畑が炎と化す中、近寄ってきた猛鬼たちの、非道な物言いすら思い出せば、そのニュースに戦慄をおぼえたことは言うまでもない。 「ひどいアルネ……!」 「許せない……っ!」  少女たちが呟く中、話題はモモの祖国、日本の事にも及んでいた。どうやら、総理大臣は殺害され、黒王は、新国会議事堂にて迎撃にあたっていたとされる女性軍人を一人さらっていったという。日本とドイツ、そしてアメリカ人のクォーターであるという、赤茶色した長い髪の双方を赤い髪留めでまとめた、青い瞳の美少女の本人の顔写真が映れば、モモもクーも、心の底から同情をよせていると、 『そもそも、日本って国はね~。先の大戦まで、連邦の中でも随分とえばり散らしてくれた張本人じゃあないですか〜。まっ、これも、因果応報と言えば、因果応報と言えるんじゃないか、と。ぼかあね~。前々から言ってますけど、そもそも、この国の侵した侵略戦争の責任は、未だ、尚、あるべし! そう思えてならないわけですよ~』  などと、宇宙人のコメンテーターは語り、 『おっしゃる通り! 私の大昔のグランパ、グランマも日本人には、随分、くやしい思いをしたと聞かされてます! それを敗戦後、早々に経済大国じゃないですか~。英雄がいたからって帳消しにもなんてなりませんよ。なら、Made in japanの前にギブミー賠償マネー! ってな、ものですな』  偏向した報道は、どこの星の国々のワイドショーでも変わらないものなのであろうか。鬼の王に連れ去られたとされる少女と同じ、青い瞳の司会者が、アメリカンジョークとばかりに、オーバーアクションで追随し、仕組まれた笑いのジングルが映像の中に響き渡る。 「…………」 「…………」  少女二人にとって、銀河系に広がる複雑な民族感情の一端に、はじめて触れた瞬間であった。ただ、ここで立ち止まっているわけにもいかない。 「……わたし、とりあえず、強くなりたい、かな」  やがてモモは、固く心に誓うように呟くと、ウズメから託されし聖剣を手にし、力強く頷いてみた。すると、 「……モモ御嬢様、一ツ、私ニ、提案ガアルノデスガ……」  それまで少女たちの会話を横目に自動運転に徹していたテオであったが、モモたちに、各地の星々、国々の街を荒らす、ならず者の宇宙人たちの成敗や、害獣指定されている宇宙生物たちの駆除を請け負う、ハンターをやってみるのはどうか、などと語りはじめたのだ。 「……カツテハ、旦那様モ、オヤリニナッテオリマシタ」 「ええっ?! タケルさんもっ?!」  先祖の思わぬ過去がまたもや、突然、飛び出せば、少女も驚くというものである。 「エエ、タダ、軍属トナラレルヨリ前デ、超能力モ覚醒シテオリマセンデシタカラ、タダタダ、御本人ハ怯エテバカリデイラッシャイマシタガ……。当時ト致シマシテモ、報酬ハ、法外ナ案件ガ多カッタト記憶シテオリマスシ、今ノオ二人ニハ最適デハナイカト」  更にテオの話によると、年齢、経歴不問のハンターのライセンスなるものが取得できれば、どこの星、各国もオールフリーというではないか。気づけば、モモもクーも、パスポートはおろか、学生証すらも持ち合わせていない身の上であった。場所によっては、難民として同情はされるかもしれないが、あてのない旅路に向かうには、今のまま、というわけにもいかなそうだ。ただ、その交付にはそれなりの「クエスト」をこなさなければならないのだと言う。そして銀河系の様々な箇所にある「交付所」だが、タイミングよく、丁度、近場にお誂え向きなのがあるというではないか。ただ、 「オ二人ナラ、問題ナイトハ思イマスガ、未成年ノ心身ノ発育ヲ考エマスト……」  などと、テオはどこか歯切れが悪い。だが、腹に決めた女の決意というものはどこまでも強い。自らの剣技の修行にももってこいなのではないかと、モモは、従者に、その場へ向かうことを迷わずに促すのであった。  その「交付所」は、宇宙空間に浮かぶ、雑居ビルの型をした宇宙ステーションであり、やけにネオンがどぎつい光を放っているのが印象的であった。心配するテオを係留させた宇宙船に残すと、モモとクーは、随分とガタガタ音がするエレベーターに乗り込んだ。見上げると、テナントはどれも飲み屋やBARの類のようだ。そして、お目当ての階で扉が開いた瞬間、たちこめるタバコの煙と臭いに、思わず、慣れない少女二人は、顔をしかめたりするのであった。  其処は、地球人、宇宙人を問わずレーザー銃などの武器を携帯した、店内の点灯の仕様も怪しい、男たちばかりの酒場のようではないか。だが、種族を越えたむさくるしいごろつきたちの雰囲気にひるむことなく、乙女たちは押し分け、入っていく。ただ、剣とは言え、古めかしい聖剣のみが収まった革の鞘を帯刀した制服姿に、もう一人は、全く空拳の、腿の付け根以上に割れたチャイナドレスの女子二人の姿は、無論、めだつというものだ。やがて、向かい合わせのテーブルの一角に座れば、近づいてきたボーイ風のロボットにジュースなどをオーダーし、もうもうとした店内の宙に浮かぶ、クエストと書かれた電光掲示板の群れを、手繰り寄せては各自眺めていると、 「おい、また女だ……!」 「どんな、わけありだ~? ふひひひ!」  なんぞと、周囲の者どもは、どこまでも無遠慮だったりするところに、このハンターと呼ばれる世界が、自由である分、いかに無法者たちばかりであるかを物語っているかのようだった。 「……流石に、ここでは朋友、できそうもない、ネ」 「そう、ね」  いつかは、あの大オノゴロ国を相手にするのだ。もしかしたら頼もしい助っ人の一人でもいるかもしれないなどと、ここに辿り着くまでの二人は語っていたりもしたのだったが、最早、すっかり諦めた乙女たちは、明らかに周囲に不快感を表しつつ、手っ取り早く身分証明書を手に入れるための情報を、眺めまわしていくことにしたのであった。すると、 「おいおい、ここはお嬢ちゃんたちみたいのが来るとこじゃないぜ~い」 「ちげーね。ちげーね。ぐへへへ」  お約束のように、彼女たちを覆うようにした影がヌッと現れ、ストローをくわえたままにモモが睨みつけると、そこには、共にフィンガローハットをかぶった髭ツラに、肥え太ったカエル顔をした、地球人と異星人のカウボーイ風のレーザー銃使いの男たちの姿があるではないか。 「どうだ~い。おじさんたちと違う場所に移って遊んでみる、てのは~」 「ぐへへ。二人とも、アイドルみて。おいら、地球人の雌アイドル、大好き。ぐへへ」 「…………」 「…………」  虫唾も走る男たちの語りかけを無視して、モモとクーは、クエストの情報を更に眺めていこうとした、その時であった。 「おいおい、ここはレディファーストも通用しないデスペラードの世界なんだぜ? そういう、かわいくない態度、とってると、おじさんたち、すぐ、怒っちゃうぞ~……!」  無遠慮に、髭ツラが、モモの腕につかみかかろうとしてくるではないか! (…………っ!)  反射的にモモは目の前にあった灰皿に意識を集中させると、それはすぐさま浮遊物と化し、次の瞬間には、髭ツラの顎に思いっきり命中するのであった! 厚みのある灰皿の予期せぬ強烈な一撃に、一発でノされた連れを目の当たりにし、 「ぐっへ……! て、てっめ……! エスパーか!」  激昂したぶよぶよのカエルは、あわてて銃に手を伸ばし、構えたが、 「ふわちゃああああああああっ!」  その時にはクーの蹴りも舞い、レーザー銃は遥か彼方に吹き飛べば、修羅場に喜ぶ下品た笑いの群れの中に、消えていったのであった。 「こ、この子なんて、カンフーも使えるんだからっ!」  睨みつけながら、モモも、まけじとやり返す。 「ちっ……魔女がっ!」  すっかり、下品た笑いも忘れ、カエル男は、意識を失った髭ツラを引きずりながら、自分の銃を探すために罰も悪げに去っていった。  とりあえず、これで、下手に話しかけられることもなくなった雰囲気だが、あまり長居のするところでもなさそうである。とりあえず、「緊急!」という表示が激しく点滅しているクエストの一つに目を付けると、モモとクーは、それが直近の星系からであることのみを確認し、モモが、「人数」となっているところには二人と選択し、「受注」とされた箇所のボタンを押せば、反応したAIにより、写真を撮影する旨を伝えられ、二人が、それぞれ、すまし顔を作ると、浮遊する、人工知能も搭載した掲示板は撮影モードに切り替わり、彼女たちの顔登録を行うのである。後は、名前のサインを促されれば仮登録は完成し、少なくとも、この村までの道のりはスムーズとなる、という寸法であった。  こうして、モモとクーがはじめて訪れた星の村は、ラベンダー畑の果ての地平線には防雪林すら並ぶ、随分とのどかな場所であったのだが、同胞の地球人族の姿もある中、原住民は、ホルスタインの牛の頭のような獣人系宇宙人、べコべコ星人なる人々の住む星であり、 「……これまた、ずいぶん、めんこい子がきたもんだ~」  などと、ご当地FM局からはThe Bandの最新リマスターされた「The weight」などがBGMとして流れる、ログハウス調の村長室の、事務机に着席していた、クエストの発注人であったその村の牛顔の村長は、間延びした口調と、少し困惑した顔で、訪れたモモとクーを眺めみたりするのであった。聞けば、どうやら、既に、一人のハンターが乗り込んでいるらしく、そのまま音信不通になっているというではないか。  
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