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(四)
十五分後、臨海署の二人と県警の二人は一五番倉庫前に戻ってきた。
「いたか」
大橋が聞いた。
「いえ、中には」
上原が答えた。
「外はどうでした?」
肩で息をしながら鉢山が聞いた。
「こちらも、ダメでした」
息を切らしながら東山が答えた。
すると大橋は大きな声で「クソっ!」と言って右足で地面を踏みつけた。
上原が驚いて大橋の方を見て「どうしたんです」と言った。
「わかっていないのか。これは始末書だけではすまないかもしれないぞ」
上原が驚いて「えっ」と声を上げた。
「肝心の証拠を紛失したんだ」
鉢山が上原に言った。
「そうだ。証拠を押さえそびれたんだよ。しかもその新人刑事とやらが、『怪盗広尾』だった可能性が高い」
大橋は右手のこぶしに力を込めながら言った。
その後、鉢山たちは事務所の前に駐めたパトカーまで戻ってきた。臨港署のパトカーの隣に県警の覆面パトカーが駐めてあった。
鉢山は上原に無線で須賀若葉という女性警官のことを署に照会させた。署の方ではそのような人間は把握していないとのことだった。県警の方にも大橋が問い合わせた。少なくともここ一ヶ月間は、須賀という名前の人間に異動の辞令は出ていないとのことだった。
先ほど対応してくれた事務所の若い男性事務員は、須賀らしきスーツ姿の女性が絵のような包みを持って堂々と正面出入り口から出ていくところを事務所の中から見たそうだ。
大橋は眉間にしわを寄せたまま、「大失態でしたな」とひとこと言い残し、乗ってきたパトカーで県警本部へ帰っていった。三つの段ボール箱はもちろん東山が持って行った。
「きっと先に署に戻って押収物の保管手続きをしているのでしょう」
鉢山は、立ち去る前の大橋に取り繕ってそう言ったものの、半信半疑だった。確かに現場に一緒に来たはずだったのに気づいたらいつの間にかいなくなっていた。まるで狐につままれたようだった。もしかすると、有能な刑事で、証拠物件を先に署に持って帰ったかもしれないと、ふと考えた。可能性としてはあり得ないだろうと理性では思ったが。
鉢山と上原は署に戻った。鉢山は倉庫係に聞いてみたが、絵の押収物は預けられてはいなかった。
また、署長や副所長はもちろんのこと、捜査一課長や他の署員にも須賀という女性警官のことを尋ねて回ったが、皆一様に「知らない」の一点張りだった。
さらに、鉢山と上原、それと刑事課長と鉢山らの直属の上司である捜査一係の係長が署長に呼ばれてけん責を受けた。県警から苦情が来たのだそうだ。もちろん証拠物品を紛失したことが主な内容だった。しかしそれに留まらず、見知らぬ人間を捜査現場に連れて行ったこと、そして拳銃などを署の方で押収しなかったことについても咎められた。『怪盗広尾』の件は県警のヤマかもしれないが、窃盗団の物と思われる拳銃については、署の方で担当すべきだったというのだった。
確かに怪盗と今回の窃盗団についてはそれぞれ別案件だ。切り離して考えるべきだったのだろう。くどくどとした署長の話を聞きながら、鉢山はそう考えた。怒られながらも狐につままれたような不思議な感覚を、鉢山はその後数日間ぬぐい去ることができなかった。
後日、県警に逮捕された美術館強盗は、強盗と傷害、それに銃刀法違反で書類送検された。
さらにその後、署の捜査一係宛に一通の封書が届いた。封書には差出人などは書かれていなかった。鉢山が開封するとA4用紙一枚が入っていた。紙には「お礼状」と題名が書いてあった。
手紙の本文は短かった。その内容は次の通りだった。
鉢山さん、上原さんへ
先日の時田倉庫ではお世話になりました。
おかげさまで無事パンクディーの絵を手に入れることができました。
それから私がいつのまにか『怪盗広尾』と呼ばれていることを初めて知り、驚いてしまいました。
ではまたいずれ、どこかで。
『快』盗広尾より
鉢山は捜査課の自分のデスクで手紙を読み終えると、それを右手で握り潰し、床にたたきつけた。そしてデスクの上の電話から受話器を乱暴に掴み取り、県警に架電した。
(了)
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