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(三)
四人は十五番倉庫までやって来た。搬入用の大きな鉄の扉は閉じられたままであった。四人はその脇にある人用の出入り口から中に入った。
倉庫の中には、二段、三段に積まれた四〇フィートコンテナずらりと並んでいた。
四人は倉庫の一番奥に置かれた国鉄のマークが入った薄緑色の二〇フィートコンテナの前まで来た。
神はポケットから鍵を取り出し、二段あるうちの下段のコンテナの扉にかかっている南京錠を解除し、扉を開けた。
コンテナの中は暗くてよく見えなかった。神が懐中電灯を取り出して中を照らすと、中はほとんど物が置かれていなかったが、奥の方にいくつか段ボール箱などが置いてあった。
四人は中に入った。同時に鉢山と上原はポケットから白い手袋を取り出して手にはめた。
一番奥には縦に積まれた三つの段ボールの脇に、新聞紙にくるまれた細長い板状の何かが置かれていた。
「ああ、それが恐らく例の物だろう」
鉢山がそう言うと、上原はすぐにその新聞紙の包みを開けた。包みはテープなどで封をされているわけではなく、単に新聞紙を巻かれただけであった。そのため、何枚かをはがしたところで、中身が見えた。
「中身は絵か」
鉢山が言った。
同時に神が、包み紙代わりの新聞紙の間から少し見ることができる絵に向かって懐中電灯の光を当てた。色彩鮮やかな油絵が見えた。
「そうみたいです」
上原が答えた。
「他の箱はどうだ」
鉢山が言うと、上原が絵をコンテナの壁に立てかけて置こうとした。
上原の背後から「持ちます」と言いながら須賀が絵を受け取った。
上原は「頼む」と言って絵を須賀に委ね、段ボール箱を開けた。
男性が懐中電灯で箱の中を照らすと、中には油紙に包まれた何かが二つと小箱が入っていた。
上原は続けてこの小箱を開けた。中には金色に光る円錐状の物が、円錐のとんがりを上にして並べられて詰められていた。
「それは……もしかして……」
神が言った。
「ああ……、恐らくあなたが今想像している物でしょうね、これは」
鉢山がそう返した。
そして上原は、今度は油紙の包みをはがし始めた
神が上原の手元に懐中電灯の光を移した。
油紙の中身は拳銃だった。黒色の小型自動式の拳銃だった。
「これは……、赤星か」
鉢山がそう言うと、「小さいので、そうみたいですね」と上原が答えた。
「赤星、ってなんですか?」
神が聞いてきた。
「ロシア製のマカロフっていう拳銃のことです。暴力団組員の間では赤星と呼ばれています」
鉢山が男性に返した。
すると背後から「ここか」という低く良く響く声が聞こえた。
鉢山たちが後ろを振り返るとガタイのいい男性が、懐中電灯をもってコンテナの中に入ってきた。
「あんたたちはここで何をやっている」
身長が一八〇センチ前後はあるその男がそう言いながら鉢山たちの顔に懐中電灯の光を当てた。
「臨港署の捜査課の者だ」
鉢山がそう言って背広のポケットから警察手帳を少し出して見せた。
ガタイのいい男が懐中電灯の光を警察手帳に当てた。
「署轄の方でしたか。失礼。自分は県警捜査三課の大橋です。こっちは同じく東山です」
大橋の大きな体の背後から、小柄な男性が顔を出し「東山です」と挨拶をした。高い声の男性だった。
「私は臨港署の鉢山。隣のいるのが私の部下の上原。こちらは時田倉庫の神さんです。あと、もう一人、新人の……」
「須賀、です」
上原がフォローを入れてくれた。
「そう、須賀です。今日配属になったんですが……」
須賀の姿が見えなかった。鉢山と上原は大柄な大橋の背後を覗き込んだが、コンテナの出入り口付近にもいなかった。
「ところで、絵はありましたか」
大橋は署轄の新人刑事よりも絵の方に興味があるようで、周囲を見回すこともなく、絵について尋ねてきた。
「あ、ええ、一枚ありました。結構派手な色使いの絵が」
「そうそう、それそれ。重要証拠品として預かります」
「どうぞ、持って行って下さい」
鉢山がそう言った。
続けて上原が段ボール箱の中の拳銃の包みと弾薬の箱が入った段ボールを中身が見えるように大橋へ見せて言った。
「これも持って行きますか」
「拳銃か」
「これがあれば銃刀法でもいけますね」
小柄な東山が言った。
「ああ、一昨日逮捕したあいつになら、な。でもあいつらは俺らが追っている『怪盗広尾』ではないだろう。手口が違う」
「そうですね」
「広尾の物ではないだろうが、ともかく全部押さえよう」
大橋は少し考えてから、そう言った。
「了解です」と言って東山は上原から段ボールを受け取り、置いてある段ボールの上に載せ、三つまとめて持ち上げた。段ボールは高さ、幅、奥行きともに二〇センチ前後だったので、三つまとめても小柄な東山が持ち上げるのは問題がなさそうだった。
「ところで絵は、段ボールの中ですか?」
「いえ、今日来た新人に渡しました」
大橋の問いに上原が答えた。
「そういえば、あいつはどこに行った」
鉢山が上原に聞いた。
「さあ。さっきまでいましたけど」
上原はコンテナの扉の所まで来て左右を見回した。鉢山も上原の所まで来て見回した。
「どこにもいないぞ」
「こちらに来るときにすれ違ったりしませんでしたか?」
鉢山は大橋に聞いた。
「いや。この倉庫に入ってからは誰ともすれ違っていない。敷地に入ってこの倉庫に来るまでの間には何人かすれ違ったが」
「ちなみに、その新人って、どんな格好をしていました?」
小柄な東山が聞いた。
「グレーのスーツ姿の若い女性です。持ち物はハンドバッグを肩に掛けていた程度だったので、絵を持っていたらすぐにわかりそうですが」
「すれ違っていないぞ、そんな人間には。フォークリフトに乗った初老の作業員と、スーツ姿の中年男性の二人くらいだな」
「じゃあ、須賀とやらは一体どこへ行っちまったんだ」
「それで、絵は?」
鉢山の言葉を遮るように、大橋が語気を強めて尋ねてきた。
「その新人が持ってます」
上原がそう言うと、大橋は「すぐに探せ!」と怒鳴った。「恐らくそいつが広尾だ!」
鉢山たち四人はすぐさまコンテナから出た。
「お二人は倉庫の中を頼みます、自分らは外を見てきます」
大橋が指示を出すと、県警の二人は倉庫の外へ駆けて行った。鉢山と上原は同時に「了解」と答えてから左右に分かれて倉庫の中の捜索にとりかかった。
(続く)
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