27人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
少しして、私は夏の都へと移った。人々も、そして皇帝陛下も私を歓迎してくれた。表では威厳に溢れた陛下は一度裏へと引っ込むととても気さくな人で、どこか郭旬に似ていた。
陛下もまた、私が物語を語るのが上手だと知ると語ってほしいと言ってくれて、私は陛下と貴妃様、そして二人のお兄さんの前で語った。
遠い異国にある不思議な道具のお話。後宮の下女に恋をした公子の恋愛には貴妃様がとても楽しそうにしていた。
「本当に、君はとても素晴らしい姫だ」
「有り難うございます、陛下」
三つほどを語り終えると、陛下が私を褒めてくださる。それは貴妃様も同じで、私の所にきて手を握って下さった。
「郭旬にこんなに素敵な人がついてくれるなんて」
「そんな、私なんて……」
「あの子と上手くやっているのですよね? あの子ったら、無作法なのよ。女の人を遠乗りに連れていくとか、釣りだとか。女性に逃げられてばかりで」
「母上!」
なるほど、色んな女性にそれをしていたのか。そら、変わり者だわ。
多分私が特殊なんだ。何せやった事のない事ばかりで面白かった。服が汚れるとか、疲れるとか、そういうことは元から考えない性格だから。
「あの子を、お願いしますね」
手を包み込むようにされて、私の胸は痛んだ。私は、今目の前にいる人全員を騙している。罪悪感が沸き起こってくる。そうすると、揺らいでしまう。私の夢が、消えてしまいそうになるのだ。
郭旬の屋敷でも歓迎された私は、考える事が多くなっていった。婚礼の儀はどんどん迫ってくる。衣装については国から持参したから、後は準備が整えばというところ。
月を見て、ぼんやりとする。もう一度自問自答する。私の夢はなに? と。
語り部になって、沢山の世界を見たい。秀蘭が教えてくれた世界が本当にあるのか、見てみたい。
そして、認められたい。誰かに、よかったと言ってもらいたい。誰にもそうしてもらえなかった私の、それは強い欲求なんだと思う。
でも、ここでも認めてもらえる。私を私のまま受け入れてくれる人がいる。こんな、いらない子だった私を喜んでくれる人がいる。もうそれで、いいのではないか?
どうしよう…………。
そう思っていると、不意に肩に温かなものがかけられた。
「郭旬?」
「夜は冷えるから」
上着を着せかけてくれる彼に、私は困った顔をする。この優しさが、私を困らせるのだ。
「どうしたんだい?」
「……郭旬が嫌な奴だったら、私は今更迷ったりしなかったのになって」
素直に伝えると、彼は困った顔をして私の隣に並んで、同じく月を見上げた。
「お互い様だよ」
「え?」
「君を手放すと言った手前、その約束を反故にはしない。けれど……多少、後悔している」
「それって……」
郭旬を見ると、彼はとても辛そうに笑う。そして首を横に振った。
「言わないよ。言えば互いを縛る。君は道を決めた、私はそれに同意して協力する事にした。余計なしがらみなど、いらないだろ」
「……そうね」
言えないのに、聞きたいなんて思ってはいけない。お互いに口をつぐみ、知らぬふりをし続ける。賢くて愚かなこの選択を、私も彼も貫くつもりでいるのだった。
最初のコメントを投稿しよう!