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龍の語り部
婚礼の儀は、よく晴れた気持ちのよい日となった。
国から持参した深い緑の衣装は煌びやかで、金糸や銀糸を用いたものだった。宝飾類も、つけている首や頭が少し重い。
「あら、素敵ね!」
「ちょっと頭が重いというか」
「今日だけの特別なものだと思えばいいのよ」
様子を見に来てくださった貴妃様が笑ってくれる。そして私の手を包むように握った。
「有り難うございます、鳥姫さん」
「あの」
「郭旬は少し変わった所もあるけれど、気の優しい子なのよ。武官になったのも、戦や天災に苦しむ民を見過ごせないと言って」
「はい」
知っている。知っているからこそ、今も悩んでいる。選択の時間はもうない。それでも私は今、考えている。夢か、今の気持ちか。
貴妃様はほんの少し涙ぐんでいて、私の手に額を当てた。
「うちの息子を、よろしくお願いします。何か困りごとがあったら遠慮なく言って。必ず力になりますから」
見上げてくる貴妃様の心に、偽りはない。息子を案じる母の気持ち、私へ向ける感謝と、今日の日の喜びと、いつか孫が抱けるだろうかという期待と……。
私は、この人を傷つける。きっと、とても悲しませる。私の母とは違う、温かな人を悲しませてしまうのだろう。
「……私も、そんなに出来のいい子ではありません、貴妃様。至らない事ばかりで、きっとご迷惑をおかけしてしまいます。きっと、がっかりなさるわ」
伝えると、貴妃様は驚いて、そして笑ってくれた。
「そんな事は皆同じですよ。誰だって最初は上手くいかなくて、もどかしいものだわ」
「あの」
「でも、一番大事なものはちゃんと備わっているように見えますよ」
「え?」
「郭旬の事を、大事に思ってくれているように見えるわ。あの子を信じてくれている。それが、一番大事な事なのよ、きっと」
言われて、驚いて、胸が痛い。私はこんなにここに未練を残して、本当に旅になど出られるの?
その時、戸口で声がかかった。見れば婚礼の衣装を着た郭旬が立っていて、貴妃様は立ち上がって場を譲った。
「鳥姫、少し話をしたいのだが……いいだろうか」
「はい」
神妙な面持ちの郭旬に私も頷いて、貴妃様の計らいで部屋に二人だけにしてもらった。
二人きりの室内で、郭旬はそっと近づいて私を見て、にっこりと微笑んでくれる。
「綺麗だよ、鳥姫」
「郭旬も、かっこいいよ」
お互いに顔を上手く作れていない。それだけ、複雑なんだろう。
隣に座った郭旬が私の手を取って、そっと視線を合わせてくる。そういう時は大抵が、心を読めという事なんだとこれまでの日々で悟った。
『鳥姫、今日で最後だけれど……今更それが惜しいと言っては、君を困らせるのだろうね』
「!」
どきりと痛むのは、私もそれを思っているからだ。この場所の心地よさを知ってしまった。彼ほど、私を分かって受け入れてくれる人には会ったことがない。私はそれを手放してしまっていいのか。
『……もしも旅に疲れて、語り部を辞めたくなったら、ここに戻ってきてくれないか』
「え?」
『待っている。一応は、夫婦のままだから』
「駄目! それは駄目だよ郭旬。私の我が儘なんだもの。そんなに甘えてはいけない。何より貴方が幸せじゃないわ。私の事は死んだ者と思って、ちゃんと」
「それが難しそうだから、私はこの結論に達したんだよ」
頬を撫でる手の温かさに、後ろ髪を引かれる。
「旅立つのが君の我が儘なら、待つのは私の我が儘だ。元より結婚願望なんてものはないんだ、これまでの生活に戻るだけだよ」
そんな風に、何でもないように言う郭旬の心の声が、不意に聞こえてくる。それは意識的にこちらへ語りかける彼の声にしない言葉ではなく、本当に油断して漏れた言葉に思えた。
――好きだよ。という、呟くような一言だった。
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