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ジン・デイジー5
… … …
暗がりで、「マルガリータはテキーラベースなんだよ、そりゃ効くわな」と大好きな笑顔でのたまうコイツは、いくらも時間がかかった射精後の俺の体を綺麗に拭き上げた。
だけど当然、ありがとうなんて思えない。
「十和、泊まってくよな?」
「……は?」
「どうせまともに歩けねぇだろ」
何杯飲んだか分からないマルガリータが効いてて体に力が入らない事よりも、憧れの伊織さんらしき人から扱かれてイかされた事の方が事件だった。
おかげで頭は冴えてきた。
いい匂いのする布団にしっかりと包まれたままで何の説得力もないけど、俺は素っぴんの伊織さんを見上げて精一杯の虚勢を張る。
「ていうか、お前は誰なんだよ! 好き勝手しやがって!」
「伊織だって。 何回言わせんだ」
「違う!!」
「本人がそうだっつってんのに。 何なら免許証見る?」
「だ、だって、お、お、俺の知ってる伊織さんじゃない!」
「どこら辺が?」
「男!! あんた男じゃん!」
「俺がいつ女だって言った?」
ぐ、と言葉に詰まる。
確かに見た目は伊織さんだ。
薄化粧を取った顔立ちも、ミルクティー色のサラサラな髪の毛も、伊織さんに間違いない。
でも声がイケボなんだよ。
伊織さんは声が出せない寡黙美人だって俺は思い込んでた。 そりゃ驚くだろ。
万が一声を発せられたとしても、こんなに口調も男らしいなんて誰が想像した?
「じゃあ何であんな格好してたんだ! それは誤魔化してたって言えるよな!? 俺に嘘ついてたって! キモ……むぐっ」
布団の中で喚く俺の口が、伊織さんの大きな手のひらで塞がれた。
……俺、騙されてたんだ。
ほっぺたをポッと色付かせて惚けてた俺を、コイツは嘲笑ってたんだ。
悔しくて悔しくて、伊織さんの手のひらを退けようとしてもビクともしなかった。
男だと分からせるように、俺の体に馬乗りになった伊織さんは不機嫌そうに眉を顰めた。
「喋ってねぇんだから嘘は吐いてない。 てかお前が先に俺を追い掛けてきたんだろうが。 キモいのはお前の方」
「うぅ……ッ」
「いいから黙って寝てろ。 そんな酔っ払ってんのに外出たって、路肩で力尽きてケツ掘られるだけだ」
「んむっ!?」
「言っとくけど、この辺は治安悪りぃからな」
「…………ッ」
俺が言いかけた暴言をあっさり口にして、しかも脅しまでしてくるなんてやっぱりコイツは俺の知ってる伊織さんじゃない。
どこまでも負の連鎖は続いてる。
オアシスだと思ってた微笑みも、今俺の目の前には無い。
「どんな俺でも好きでいるって言ったのは十和だし、先に俺に惚れたのも十和だ。 男なら吐いた唾飲むなよ」
「────!」
「今日のマルガリータ、美味かったろ? 覚えてるか? 俺が十和に初めて出したカクテル」
伊織さんの素顔の瞳を睨んでいた俺は、そう問われて急に怒りが冷めてきた。
それは……。
カクテルの名前をロクに覚えちゃいない俺が、残像に胸を高鳴らせ、ドキドキしながら入店した俺に伊織さんが作ってくれた「今日のオススメ」。
「……マルガリータ」
「上出来」
正解のご褒美なのか、俺に跨った伊織さんは今までで一番の笑顔を浮かべた。
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