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ジン・デイジー8
まだ心の整理はつかないけど、話くらいは聞いてやる。
なんで女の格好をしていたのか、マルガリータを俺に作った意味とは何だったのか。
再びオアシスを枯らすのはその説明を聞いた後からでも遅くない。
「──お前もよくやるよな」
「何が?」
店の前に到着した俺は、伊織さんらしき人の声に足を止めた。
裏口から聞こえてくるそれは、伊織さんともう一人。 口調からして友達みたいだ。
しかも興味深い話題の真っ最中ともあって、少しだけ近付いた俺はその場にしゃがんで聞き耳を立てる。
「片っ端から牽制かけて? 女を寄せ付けないようにして? あげく大金積んで会社まで辞めさせるっていくら何でもやり過ぎじゃね?」
「……しょうがねぇだろ」
「久々に来てみれば激痩せして女の格好してるし。 伊織、お前ついに頭イカれた?」
「うるせぇな。 俺にも考えがあんだよ」
ど、どういう事だよ。
まるっきり全部、俺のツイてない小さな負の連鎖話と同じなんだけど。
自然と眉間に皺が寄る。
しゃがんだ足先に力が入った俺は、絶好のタイミングで裏話を聞かされて息が出来なくなった。
揶揄うような口振りに、伊織さんは不機嫌さを顕にする。
「マルガリータの誕生秘話を思い出したんだ」
「……意味分かんねぇ」
「勘違いと嘘って境界線曖昧だよな」
は?と、友達と俺の心の声が重なった。
今のは絶対、どう考えても俺の話だよな?
伊織さん……嘘吐いてないって自分で言ってたじゃん。
あれこそが、……嘘だったの?
「……誰か居るのか?」
呼吸を忘れて聞き入っていた俺が、静かに息を吸い込んだ微かな呼吸音を伊織さんに聞かれてしまった。
死角で蹲る俺のもとへ、足音が近付いてくる。
パンプスの踵を踏み鳴らす音だ。
「十和!」
「…………っ」
咄嗟に立ち上がった俺は回れ右して、パンプスで追い掛けて来る伊織さんから逃げた。
俺は伊織さんの手のひらの上で踊らされてたんだ。
何がキッカケで、何が不満で、何が目的で俺の人生を阻んだのか知らないけど、……マルガリータの嘘だけは聞きたくなかった。
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