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ジン・デイジー9終
「──だから先に説明しろって言ったじゃないのよ。 ごめんね、十和くん。 うちの愚息が」
伊織さんは俊足だった。
あっという間に追い付かれてワイルドに首根っこを掴まれた俺は、いつもの席に腰掛けてママに平謝りされている。
ママが伊織さんのママだっていう事実も、たった今判明した。
おまけに、俺が一目惚れした初恋の人の正体も──。
「……じゃあ全部、伊織さんだったって事?」
「お前が俺に惚れてるってダチから情報回ってきてな。 ……まぁ色々とやった。 俺の方が、十和のこといつの間にか目で追って意識してたんだよ」
「え……?」
……在学中から伊織さんに目を付けられてたなんて知らなかった。
詫びてきたママの苦笑を見る限り、そして笑顔を封印した、今日も俺の大好きな清楚系美人な出で立ちの伊織さんはきっと、嘘は吐いてない。
そっと、底が深めのカクテルグラスが俺の目の前に置かれた。
「一向に俺に辿り着かねぇくせに女作るわ、飲み会もバンバン行くわ、何してんだよってなって」
「えぇ?」
「腹立つから全部阻止した。 仕事もな。 就職したらさらに俺の事忘れちまうと思って焦ったんだ」
「伊織さん……暴君が過ぎる……」
「この格好も、お前が俺を清楚系美人って勘違いしてたからそれに合わせた。 なかなか似合ってんだろ?」
「…………」
何食わぬ美人顔でカクテルシェイカーを振り奏でる音が、いつもより軽やかだ。
俺を特定し、忘れてほしくないからと恋路や人生を妨害してたなんてにわかには信じられない。
欲していた説明に苦笑しか浮かべられない俺は、まだ戸惑いの中に居る。
何しろ俺を悩ませた小さな負の連鎖の根源は、すべて伊織さんの歪んだ愛の形だったんだから……。
「何ですか、これ」
シェイカーから注がれた初見のカクテルに首を傾げる。 伊織さんは、そんな俺を真摯に射抜いた。
「ジン・デイジー」
「ジン・デイジー?」
「マルガリータは、ジン・デイジーを作る上での勘違いから生まれた。 意味、分かるか」
「あ、……」
問うた指先が、思いがけず俺の前髪に触れる。
伊織さんはバーテンダーらしく、ロマンチックなカクテル言葉を使って「早く気付け」と無言で訴えていたんだ。
先に惚れた俺が二度目の勘違いに気付くまで、嘘を吐き通さなきゃいけなかったから。
「……ジン・デイジーの意味は?」
「 "素敵なもの" 」
「ひぇっ……」
「お前さ、驚くと変な声出すのなんなの」
目元を細めて笑う伊織さんが、俺の鼻をきゅっと摘んでくる。
誰がなんと言おうと、この笑顔が俺のオアシスである事に間違いはない。
マルガリータで潰されてイかされたあの日、「十和の誕生日だったから我慢出来なかった」と微笑まれた、胸の高鳴りもだ。
終
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