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8.それから
あの日以来、言っていたとおり啓斗は留守がちになったが、逆にありがたかった。今、顔を合わせても気まずい。啓斗が前向きなっているときに水を差したくないので、当分会わない方が自分たちのためだと思った。
悠介の心に陰りがある今会ってしまえば、何を言うか自分でもわからなかった。信じられないようなひどい言葉が口から飛び出そうな気がした。
「本当にプロなんかなれると思ってんの」
啓斗の実力も知らないくせにそんな言葉が簡単に頭を過る。インカレ三位って言ってたから絶対下手なわけはないし、日本トップレベルのプレーヤーに向かってそんなセリフが簡単に思い浮かぶだけで頭がイカれてる。何て愚かなんだろう、と自分自身に向かって吐き捨てた。
なるべく顔を合わせないように、仕事から帰ったらそのまま車に乗り込んで練習に行くようになった。練習がない日はひたすら残業。忙しい仕事を恨んだこともあったが、こんな風に役立つときが来るとは思わなかったな、と嘲笑する日々。
会社から電車で一度帰って車で出かける労力を考えると、通勤も車の方がいいかもしれないと一時期は車で通ってはみたものの、コインパーキングの駐車代がバカ高いのと、電車の中のように眠ったりマンガを読んだりできないという欠点があり、すぐに止めてしまった。
十一月から始まった同居生活は、いつの間にか年を跨いだどころか春を迎えていた。トライアウトの日程はだいたい聞いていたが、避けて生活時間がばらばらになったためほとんど会話をすることもない。
瑠李とよりを戻したか気にならないといえば嘘になるが、今さら聞いても聞かなくても変わらないだろう。
家賃は当初の予定通りしっかり五万円もらっており、会えない日々が続くとキッチンのテーブルの上に無造作に置かれ、その上に栄養ドリンクなどが重石として置かれ、でんとした佇まいで悠介を見ていた。全部わかってるんだからな、そんな顔で悠介を責めているようにも見える。
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