8.それから

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 もう五月末。いよいよ来月二週目の日曜日がトライアウト当日、というその日まで差し迫っていた。  高級焼き肉を食べに行ったあとは、二人で電車に乗って帰った。二人とも飲むつもりで行ったので、行きも二人で電車に乗ったわけだが、どうにも帰りの方が距離が近づいた気がする。さすがお酒の力はすごい。 「悠介さん、今日はご馳走さまでした。たらふく食べました」  二人は吊革を握って並び、車窓の外の暗闇を眺めている。終電近くの電車内は混んでいるが、そう遠くない店に行ったので、数駅我慢すればすぐに楽になれる。 「はは、たらふくって言い方~」  悠介はここ最近で一番機嫌がよかった。もっと早く啓斗の顔を見ていれば、あんなに悶々と悩むこともなかったのではないかとさえ思う。 「久しぶりに悠介さんが笑ってるとこ見た」 「そもそも最近全然会ってなかったじゃん」 「まあ、そうっすけど。何してました?」 「仕事とホッケー」 「そうでしょうね」  くっくと啓斗は笑う。黙っていると怖くて鋭い目つきなのに、その下にシワができるだけでずいぶん優しげに悠介の瞳には映った。啓斗の目にも自分しか映らなければいいのにと思うが、世の中はそう甘くない。
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