8.それから

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「お前は?」 「バスケっすね」 「バイト減らして?」 「いや、あんま減らしてないです。忙しい方がやる気になりません?」  啓斗はにっと笑って見せた。 「わかる。空いた時間をどう使うか、だろ。効率的かつ合理的にメニューを考えるようになる」  首を傾げる啓斗。 「そんな小難しい話ではないけど、そういうことなんすかね。そういや、チームメイトにも受けるやついるんすよ」 「トライアウト?ライバルじゃん」 「まあ。でもうれしいですね、ものすごく。効果的ないい練習もできるし」 「確かにそうかもな。同じ目標だしね」  勉強においても仕事においても、もちろんスポーツにおいてもライバルは必要不可欠だと思う。 「はい」 「瑠李ちゃんとは……最近連絡取り合ってる?」  間が空くのがイヤで、聞かなくてもいいことを聞いてしまうも、啓斗は別段気にする様子もなく、さらっと答えた。 「たまにですね。応援してくれてますよ」  ここまで聞いてしまったならもういいだろうと、さらに食い込んだ質問をする。 「もしかして、より戻った?」 「いえ、さすがにそんなすぐには。オレ不器用なんで一つにしか集中できないんすよ。だから今はトライアウト。トライアウト合格したら安定して試合に出ること。瑠李はそのあとですね」 「その間に彼氏できちゃったら?」 「そのときはそのとき。どうせ一回振られてるんでそれは仕方ないですよ」  ずいぶん男らしくなったなあ、と悠介は感心する。人は目標があるとここまで強くなれるものなのだろうかと、自分に置き換えて考えてしまう。  悠介は自身に対して基本的に不満はない。仕事にもアイスホッケーにも打ち込める環境に感謝さえしている。そう多くはないと思う、環境的にも経済的にもその他の面においても、こんなにいい環境で好きなことに打ち込める人は。  だが、啓斗のようにはなれない。若さという面を除いてもそう感じてしまう。何に向かっているのだろうか。その先に待っているものは何なのだろうかと。  思えばいつも自分自身に問いかけながら生きてきたのに、何一つ答えが出ていないような気がした。答えを出したくない、と言った方が正しいかもしれない。  そもそも答えなんかあるのだろうか。そう考えること自体が逃げなのか。自分と向き合うとすればどうしたらいいのか。どうしたら向き合ったことになるのか。不満がないのに向き合うべきなのか。不満がない、イコール満足なのか。満足、イコール幸せなのか。  年を取れば取るだけわからないことが増える気がした。大人になればたいていのことはわかるものだと思っていたが、悠介の場合はわからないことが増えるばかりで一向に前が見えない。霧がかった山道を必死になって登って、直前になって目の前に何があるのかようやく理解する。  悠介は車窓の外に見える軒灯を眺めながら物思いに耽った。その目には確かに街明かりが映っているのに、自身には見えていないようだった。  急に無口になった悠介を見下ろしながら、啓斗はただ黙って隣に立っていた。
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