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「大丈夫ですか?」
今度は啓斗の声がはっきりと脳に届いた。ずいぶん優しい甘い声で、悠介の体にゆっくりと血が巡るように浸透した。
「……あれ、トライアウトは?」
「終わりましたよ」
ぼーっとしたまま啓斗を見つめる。
「……夢?かな」
「いえ、現実です」
「嘘、こんなに早いってことは午前中で落ちたの?」
「もう、夜ですよ」
啓斗はふわっと目を細めた。猫が欠伸するときみたいな細い目。
「寝てたのかな、俺」
「寝てましたね。うなされてましたよ」
「あー、そっか。夢見てたかも……」
昔付き合っていた恋人が玄関から出て行く後ろ姿を思い出した。背中が悠介を突き放すような冷たく重い壁に見える。
「悠介さん、受かりましたよ」
「ん?」
「トライアウト受かりました」
「嘘っ?」
悠介は自身の体を起こそうとするが、まだ全然眠りから覚めようとしない体はソファーから離れない。仕方なく横たわったまま首だけを動かした。
「マジっす」
「今日の今日で発表なの?」
「少し待たされて、その場で発表されちゃいました」
なぜか啓斗は困ったように微笑んだ。本人でさえその場で発表とは知らなかったのかもしれない。
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