9.出立

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「大丈夫ですか?」  今度は啓斗の声がはっきりと脳に届いた。ずいぶん優しい甘い声で、悠介の体にゆっくりと血が巡るように浸透した。 「……あれ、トライアウトは?」 「終わりましたよ」  ぼーっとしたまま啓斗を見つめる。 「……夢?かな」 「いえ、現実です」 「嘘、こんなに早いってことは午前中で落ちたの?」 「もう、夜ですよ」  啓斗はふわっと目を細めた。猫が欠伸するときみたいな細い目。 「寝てたのかな、俺」 「寝てましたね。うなされてましたよ」 「あー、そっか。夢見てたかも……」  昔付き合っていた恋人が玄関から出て行く後ろ姿を思い出した。背中が悠介を突き放すような冷たく重い壁に見える。 「悠介さん、受かりましたよ」 「ん?」 「トライアウト受かりました」 「嘘っ?」  悠介は自身の体を起こそうとするが、まだ全然眠りから覚めようとしない体はソファーから離れない。仕方なく横たわったまま首だけを動かした。 「マジっす」 「今日の今日で発表なの?」 「少し待たされて、その場で発表されちゃいました」  なぜか啓斗は困ったように微笑んだ。本人でさえその場で発表とは知らなかったのかもしれない。
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