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悠介は涙を拭いながら思う。ああ、これはもう言うしかないんだなと。わかってはいた、わかってはいたがそんな我儘を言う権利はないともわかっていた。
「最後に、どうしても言っておきたいことがあるんだけど、言ってもいい?」
悠介は懸命に言葉を絞り出す。何も言わず笑顔で送り出すつもりだった。泣くつもりもなかった。
「いいですよ」
「啓斗にとって、聞かない方がいいことかもしれないけど」
「大丈夫です」
わけもわからず泣きじゃくる悠介を見て、啓斗は動揺も見せず静かに見守る。
三十五歳の大人でもこんなに泣けるのだ。泣いて泣いてあと少し、ほんの少しでも啓斗が同じ部屋にいてくれたらと思うと、涙の上から涙を洗い流すようにまた水を流した。
啓斗はそんな悠介をじっと見つめたままで、感情的になって抱きしめることも、同情から慰めることもしなかった。ただそこに立っている。少しも離れることなく悠介の目の前に、聳え立つ雄大な山のように。
「トライアウト合格して……バスケのプロになって……本当におめでとうって思ってる」
「わかってます」
「プロってものすごいことだよ。ちゃんと仕事なんだから、誇りに思っていい。もちろん、続けていくためには結果が必要になるけど……」
鼻にかかった声は、濁って何を言っているのか、悠介自身にもよく聞こえてこなかった。
「応援してる。誰よりも、世界で一番……俺が一番応援してる」
「……わかってます」
悠介の肩が震えているのがわかると、啓斗は普段通りの抑揚のない声で話しかける。
「怖がらなくてもいいですよ。何言われても驚かないし、悠介さんを嫌いになることもないです。ずっと変わらないです」
「うん……ありがとう」
「まあ、性的に好きになることも絶対にないですけどね」
「んなこた、わかってるよっ」
肩の力が抜け、ようやく悠介は笑顔を取り戻した。普段の爽快な笑顔からはかけ離れた弱々しいものだったが、啓斗は少しばかり安心する。
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