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俺は、流れの中に膝をついた。肩まで水に浸かり、四つん這いで進んでみる。体を押し流そうとする泥水の力は、思った通り、風の力よりはまだ弱い。進める、さっきよりは進めてる。
ワイルド・キャットは、もう立ってるだけで精一杯な状態だ。片手で顔を覆い、もう片方の手をやたら振り回して、雨風を払いのけようとしてる。無理にきまってるだろ。常識で考えろよ。
ギュリュリュリュリュ・・・。不吉極まる音がした。何かがねじ切れるような音。
案の定だ。目を凝らしたその瞬間、イマイマシイあのドアが、ついにドア枠から千切れ飛んだ。強風に煽られて上空に舞い上がったけれど、鳥の様にそのまま飛んでいくのには、あまりにも重い。重すぎる。グライダーみたいに宙返りをして向きを変え、今度はものすごいスピードのまま落下してくる。ワイルド・キャット目がけて。
どうしてあんな事ができたのか、わからない。彼女を救いたい一心で、火事場じゃないけど火事場の馬鹿力がでたんだろう。
ジャンプなんておよそ出来そうにない状況だったのに、気が付いたら、俺は思いっきり飛び上がっていた。ワイルド・キャットに体当たりして、そのまま押し倒す。
間一髪だった。飛来したドアの鉄板は、俺の背中から五センチと離れていない場所をかすめて、その先に落ち、派手な水しぶきを上げた。半分沈み、半分浮いた格好でしばらく漂った後、どっかに流れ去った。
助かった・・・。ドッと力が抜けると同時に、背中がチリチリして、ガタガタ震えがきた。ギョエエエ。怖かったよう。
俺の体の下で、ワイルド・キャットがジタバタと暴れ出した。まだ水に沈んだままで、このままじゃ溺れちまう。決死の救出劇がおじゃんになる。
俺はすぐさま、ワイルド・キャットを引っ張り起こし、両腕に抱えて息継ぎさせてやった。相手がこいつじゃイマイチ盛り上がらんのだけど、それでも俺、なんかヒーローみたいでカッコイイ。
ワイルド・キャットは気道に酸素が通るなり、俺を突きのけ、うろたえた目であたりをキョロキョロ見回し始めた。
「無くなっちゃった・・・」
そう呟くと、俺を突飛ばして跳ね起き、その勢いでよろめいて倒れそうになる。差し伸べた俺の手は、ピシャッとはたかれて、俺自身の喉を直撃。
「ウゲゲゲーッ」
俺はゲホゲホ咳き込み、空気を吸い込もうとして雨を吸い込み、またむせた。
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