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異世界に来たら奴隷になってしまった
ある日から、細胞が若返る水が出回った。
「山田華子60才。これを飲んで、私は人生とりもどしました」
水を販売する女社長は自ら広告塔となり、美しく若返った自分でピーアールする。
そんな彼女の広告映像が、泣いている私の目に嫌な感情とともに入ってくる。
「よそ見しないで! どんどん作ってちょうだい。
それとも、疲れたの? 疲れたなら、この注射をしてあげるわよ」
彼女が、映像に映ってないリアルな彼女が、画面を見ていた私をせきたてた。
映像とは違うオーガのごとき形相で、気つけ薬を手にして。
私は無言で作業を続ける。
水の入った透明のボトルに、私の涙を一滴づつ入れていく。回復効果がある私の涙を。
(なぜ、私はこんな世界に来て、こんなことをやるはめになったのだろう……)
おかしくなりそうな頭で、数ヶ月前のことを思い出す。
こことは違う世界に私はいた。
魔力がある世界。
生まれながらに魔力を持ち、それぞれが個性的な力を持っていた。
獣も人も、魔力によってさまざまな形へと進化する。
私の持つ力は、回復の涙が出るという力だった。
けど、涙を出すのは魔力がいる。魔力を使うのには、体力がいる。
回復薬屋を営んでいた私は、体力があるときに流す涙をいざというときのためのポーションとして、小瓶にストックしていた。
それ以外の薬は、薬草を摘み、調合して販売していた。
ある日、薬草摘みのため森を散策していたとき、濃い霧に私は包まれた。
カーン! カーン! カーン!
警報の鐘が鳴り響く。異世界と世界が混濁している報せだ。
転送魔法が使える人ならば、この場から離れられるが、私はできない。涙しか流せない。
「え、ちょ、やばっ」
濃くなる霧から抜け出そうと、私は全力疾走を開始する。
だけど、時すでに遅かった。
霧を抜けた瞬間、目が眩む光にあてられ、爆音が鳴り響いた。
思わずつぶった目を開けると、大きな鉄の塊がプシュプシュと音をたてて道の脇に転がっていて――、
その道には、光が灯っていて、そのゴーレムのような鉄塊がよく見えたのだ。夜とおぼしき感じなのに。
(ああ。私は異世界にきてしまったのか。だれか迎えに来てくれないだろうか)
異世界を自由に渡る技術を持った者もいるが、それはごく限られた者にしかできない。
その者たちが異世界転移レンジャーとしてパトロールしてくれてはいるが、人手は少ない。見つけてもらうのには時間がかかるだろう。
ため息をつきそうになったそのとき――、
「うぅ……」
鉄塊の中から、人が出てきた!
ああ、この異世界に来て最初に会った人物がこの人でなければ、私はこんな酷いめにあわなかっただろう……。
「ちょっと、あんた!
なにそこで立ってるのよ! 死にたいの?
あんたのせいで私の手に傷がついたじゃない!」
彼女の第一声はそれだった。彼女の怒声はとても怖かった。
彼女がこれ見よがしに見せてきた手の傷を見た私は、すぐに治してあげなきゃと思って、彼女の手をつかんだ。
あの衝撃で手の傷だけで済んだんだからよかったじゃないとか、そんなことまで考えが回らなかった……。
「な、なにするのよっ」
私の涙を落とした手を、彼女はすぐさま引っ込め、そして見つめる。
ああ、彼女の奴隷となった今ならわかる。ここで彼女に回復涙なんてかけるんじゃなかったのだ。
「なんてこと! シミまで消えてるなんて! これは……これは、カネになるわ」
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