一章 翠雨

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雨の中を歩いていると、決まって思い出すことがある。 それは名前と同様に、俺が雨にモヤモヤする理由の一つ。 小学四年生のとき。 意味もなく遠回りして帰っていたら、道の端に置かれたダンボールに仔猫が捨てられているのを見つけた。 しばらくその寂しそうな瞳に視線を合わせていたものの、結局何もせずにその場を立ち去った。 けれど家に近付くにつれて仔猫のことが無性に気になって、もうすぐ帰り着くというところで引き返した。 でも、もう仔猫はいなくなっていた。 別に俺は何もしてないし、仔猫が死んだわけでもない。でも、頭を撫でることすらしなかった自分がひどく嫌な存在に思えた。 ――ホント、雨は嫌になるな……。 いつもはセルフうどん屋で昼食がてら勉強をするんだけど、そろそろそれも飽きてきた。 でもカフェなんかに行ったところで無駄にお金を消耗するだけだし、一人暮らしの学生の身としてはキツイ。 ちょうど短期のバイトが終わったとこだから、せめて次が決まるまでは出費は抑えなければ。 そんなことを考えていると、ふとある建物が視界に飛び込んできた。 それは古い図書館だった。 大学の近くにあるのは知っていたものの、今の今まで気にかけたことはなかった。 ――本好きだし、ちょうど良いかもな……。 それに、何より無料だ。 これは行かない手はない、そう考えて足を早めた。 入ってみると中は以外と綺麗で、人もそれほど多くなかった。 ――もっと早く来れば良かった。 そう思いながら数冊の本を手に取って、窓際の席についた。 窓の外では、降り注ぐ雨が木々の緑を濡らしている。 ――(すい)()か……。 嫌でも自分の名前を連想してしまう。 そんなときだった。 「あの、向かい座っても良いですか?」 ふいに掛けられた言葉に俺は焦った。 「――あ、はい全然。大丈夫です」 そう返しながら視線を上げたとき、俺は凍りついたように固まった。 正確には、そこに立つ女性に目を奪われてしまった。 透き通るような長い黒髪、大きな瞳、淡く色付いた唇。そのどれもが俺を魅了した。 心臓が張り裂けそうなほど早くなった。 ただ何故なのか……。 頭の片隅にあの仔猫の姿が浮かんだ。
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