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「中々やみませんね……」
居ても立っても居られなくなった俺の第一声がそれだった。
「そうですね」
彼女は優しい声で返した。
それだけで俺はなんとも言えない幸福感を得た。
次はどう喋ろう、そう思ったとき、俺の中の理性が牙を剥いた。
――これっていわゆる『ナンパ』なんじゃ……。
考えてしまったが最後、俺は何も言えなくなってしまった。
だけど、そんな俺に想定外の言葉が送られてくる。
「学生……さん?」
俺は飛び上がるように、目の前の女性に視線を合わせる。
「は、はい。そうです」
「そっか。本、好きなの?」
「そ、それなりには……読みます」
「あ、じゃあ私と一緒だ。私はね、普段は読まないんだけど、ここに来るとずっと読んでるの」
「そうなんですか……ここには、よく来るんですか?」
「うん、気分が上がらないときにね……」
そう言って、彼女は窓の外に目を向けた。
「雨ってさ……なんだか、しんどいよね……」
――あ……。
そう囁いた彼女の横顔はとても綺麗で、俺は再び見惚れてしまった。
「名前貰ってるくせに、そんなこと言ったら怒られるか?」
――え?
「あ、ごめんね。名乗ってないのにそんなこと言っても分かんないよね。私、水守小夜っていうの。小夜時雨って雨があるんだけど――」
「知ってます」
「え……」
「知ってます、小夜時雨。だって俺も……雨から名前貰ってますから――」
「ホントに⁉」
その反応に俺は目を丸くした。
「待って、言わないでね。せっかくだから当てたい」
「あ、はい……」
急な展開にあっけにとられる俺を余所に、彼女はぶつぶつと呟きながら考え始めた。
そうして十数秒ほど経ったとき、おもむろにこっちを向いて口を開いた。
「翠雨だ!」
「あ――」
「当たりでしょ? だってきみ、じっと木に落ちる雨見てたもんね。あ、でもそのままだと名前としてはおかしいか。じゃあ、翠だけ取って……みどり。うん、翠だ」
「せ、正解……です」
「嘘、ホントに⁉ やった。当たった」
自信満々で答えた割に当たったことに驚く彼女を、俺は半ば放心気味に見つめた。
当てられると思っていなかったのと、次に言われるであろう言葉のせいだ。
女の子みたいな名前。
俺の名前を聞いた者は、だいたいがそう返す。もう言われ慣れたことだけど、どちらかというと聞きたくはない言葉だ。
そんな俺の心を知る由もない彼女は、興奮冷めやらぬといった表情で言葉を続ける。
「良い……うん、良いよ。男子の漢字一文字ってやっぱり良い。それに、きみの雰囲気に合ってる気がする。あ……でもさっき会ったばかりの私が言うのも変か?」
世界が……止まった。
誰が何と言おうとも、この瞬間俺はそう感じた。
それほどまでに彼女のその言葉は、俺に衝撃を与えた。
そしてそれと同時に俺は、彼女に恋をした。
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