一章 翠雨

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「中々やみませんね……」 居ても立っても居られなくなった俺の第一声がそれだった。 「そうですね」 彼女は優しい声で返した。 それだけで俺はなんとも言えない幸福感を得た。 次はどう喋ろう、そう思ったとき、俺の中の理性が牙を剥いた。 ――これっていわゆる『ナンパ』なんじゃ……。 考えてしまったが最後、俺は何も言えなくなってしまった。 だけど、そんな俺に想定外の言葉が送られてくる。 「学生……さん?」 俺は飛び上がるように、目の前の女性に視線を合わせる。 「は、はい。そうです」 「そっか。本、好きなの?」 「そ、それなりには……読みます」 「あ、じゃあ私と一緒だ。私はね、普段は読まないんだけど、ここに来るとずっと読んでるの」 「そうなんですか……ここには、よく来るんですか?」 「うん、気分が上がらないときにね……」 そう言って、彼女は窓の外に目を向けた。 「雨ってさ……なんだか、しんどいよね……」 ――あ……。 そう(ささや)いた彼女の横顔はとても綺麗で、俺は再び()()れてしまった。 「名前貰ってるくせに、そんなこと言ったら怒られるか?」 ――え? 「あ、ごめんね。名乗ってないのにそんなこと言っても分かんないよね。私、(みず)(もり)()()っていうの。()()時雨(しぐれ)って雨があるんだけど――」 「知ってます」 「え……」 「知ってます、小夜時雨。だって俺も……雨から名前貰ってますから――」 「ホントに⁉」 その反応に俺は目を丸くした。 「待って、言わないでね。せっかくだから当てたい」 「あ、はい……」 急な展開にあっけにとられる俺を余所に、彼女はぶつぶつと(つぶや)きながら考え始めた。 そうして十数秒ほど経ったとき、おもむろにこっちを向いて口を開いた。 「(すい)()だ!」 「あ――」 「当たりでしょ? だってきみ、じっと木に落ちる雨見てたもんね。あ、でもそのままだと名前としてはおかしいか。じゃあ、(すい)だけ取って……みどり。うん、(みどり)だ」 「せ、正解……です」 「嘘、ホントに⁉ やった。当たった」 自信満々で答えた割に当たったことに驚く彼女を、俺は半ば放心気味に見つめた。 当てられると思っていなかったのと、次に言われるであろう言葉のせいだ。 女の子みたいな名前。 俺の名前を聞いた者は、だいたいがそう返す。もう言われ慣れたことだけど、どちらかというと聞きたくはない言葉だ。 そんな俺の心を知る由もない彼女は、興奮冷めやらぬといった表情で言葉を続ける。 「良い……うん、良いよ。男子の漢字一文字ってやっぱり良い。それに、きみの雰囲気に合ってる気がする。あ……でもさっき会ったばかりの私が言うのも変か?」 世界が……止まった。 誰が何と言おうとも、この瞬間俺はそう感じた。 それほどまでに彼女のその言葉は、俺に衝撃を与えた。 そしてそれと同時に俺は、彼女に恋をした。
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