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夏休みに入ったある日、私はまた流行の曲を聞いていた。というのも配信サイトから彼のアカウントは消えていたのだ。あの下手な歌聞けないのかな。そのとき、通知音がする。画面を見ると、直樹先輩からだった。
『今日、時間ある? これからカラオケ行かない?』
簡潔なメッセージが逆に怖い。配信について質問されることもなかったし、質問もできなかった。ナオキは直樹先輩ではなかったのかな。その方が助かる・・・・・・寄付がもったいなかったけど。私はスタンプで『OKです』返答し、時間まで参考書の問題を解いていった。
時間になると、家を出て近くのカラオケ屋に向かう。扉の前には直樹先輩が立っていた。高校時代はジャージばっかりだった先輩の私服姿に胸が高鳴る。妙に大人っぽい、1歳しか変わらないのに。
「ひ、久しぶりですね、先輩。さっそくカラオケ行きましょうか」
若干声がうわずったが、笑顔を保ちながら扉を開けようとした。すると、取っ手を握っていた手に先輩の手が重なる。
「その前に話があるんだけど」
咄嗟に手を引き、扉から離れた。先輩はスマートフォンを取り出すと、画面を見せる。そこには配信サイトで使っていたアイコンと『マイ』という名前が表示されていた。
「これ、真衣でしょ」
「なんで、わかったんですか?」
私の質問にやっぱりな、とため息を漏らす。
「アイコンの写真、よく見たらうちの高校だしそれでマイって名前で俺の歌を平気で聞いてられる人なんて限られてるだろ」
下手なの自覚あったのか。呆れている私をよそに直樹先輩が続ける。
「あと、諦めが悪い感じ。部活のとき、必死にボール追いかけてただろ。今も、顔も知らない相手と張り合うように投げ銭して」
「いいじゃないですか。別に」
直樹先輩から目をそらした。だって、先輩が触れるし嬉しそうにするのが・・・・・・。
「ありがたいんだけど、俺には半分も入らないんだよ。同じ額なら直接欲しかったっていうか」
それを聞いた瞬間、暑いはずなのに冷や汗が滲む。先輩にそんなに入らないの。私ががっかりしたのを察したのか、直樹先輩が微笑んだ。
「ちょっと高いが、勉強代だと思って諦めろ。それに今日のカラオケはおごってやるし。飯もパフェも食っていいぞ」
「言いましたね。絶対先輩の財布空っぽにしますからね」
私が宣言すると、さらに先輩は笑った。ふと、先ほど言っていた言葉を思い出す。
「さっき『同じ額なら直接欲しかった』って言ってましたけど、何か欲しいものであるんですか?」
「なんか欲しいというか・・・・・・真衣が欲しい」
驚きのあまり、声が出なかった。そのあと、じわじわと鼓動が大きくなる。目の前にいる直樹先輩は頭を掻いた。
「欲しいっていうのは失礼だな。俺は高校のときから真衣が好きだ。もしよかったら俺と」
「ちょっと待って」
直樹先輩の言葉を遮るように手を口に置く。
「私、お金だけじゃなくて時間も使ってしまったんです。だから、急いで取り戻さないと」
「え、勉強もしないで俺の歌聞いてたのか」
「だって、私も先輩のことが好きですから」
私は言うと、扉を開けカラオケ屋に入っていく。一瞬見えた直樹先輩の顔は真っ赤だった。直接言う方が向いているみたい。扉のガラスに反射する私の顔も赤くなっていた。
おわり
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