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片手鍋に水を入れ、火にかける。
それだけで鍋に染み付いた出汁の香りが薄暗い台所に広がっていく。
青い炎が不規則に揺れている。
炎の揺れに沿うように、湿り気を含んだ空気が半端に開いた引き戸を越え、自分の寝ている部屋を満たそうとしている。
あいつは小さな冷蔵庫の前に座り込み、豆腐やら卵やらを引っ張り出していたが、やおら手を止めてしばらく固まっていた。
鍋の中がぐつぐつと騒ぎ出したことに気づき、やっと動いたかと思ったらさらに小さな冷凍室を開けて、中から肉の塊をいくつか冷蔵室に移し、扉を閉めた。
出した食材を拾い、少し早足になって調理台に戻っていく。
火の勢いを少し弱め、冷蔵庫から出した具材を鍋に投入していく。銀色の袋に入った顆粒出汁は計りもせずに、容器から出した豆腐は手でちぎって、冷凍していたシイタケはそのままで。そして全くサイズの合っていないフタをした。
日が少し昇って、台所の輪郭も少しつかめてきた。
あいつは鍋を見つめている。
調理台には卵が残っているのが見えるが、使わないのだろう。
ほら、戻しにいった。
*
朝食を食べながら「なんでいつも電気付けないの」と聞いてみた。外は十分明るくなり、部屋の中も照明が要らないほどになっていた。
あいつは私の質問の意図を少し考え、ボウルいっぱいのキャベツの浅漬けをつまみながら「薄暗い方がおちつく」といかにも根暗な返事を返した。お前はネコか。まあ私は灯りがあると寝つきが悪くなるのでかまわないが。
「危なくないの」
「・・・しらん」
あいつは使った食器をシンクに置き、かるく水を張って洗面所へ行った。
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