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浮力
「ねえ、おじいちゃん」
私は、真っ暗な部屋の蚊帳の中、隣室で眠る祖父に訊く。襖の向こう、すぐにもぞもぞと音がした。
「何だい、遙」祖父の声。
「私って、特別だった?」
祖父はふっと、息を漏らすように笑う。
「今でも特別だよ。当たり前じゃないか。遙は私の孫なんだ。私の孫は、この世で一人しかいない。それは、特別ということじゃないかな」
「うん」
それっきり、私は返事をしなかった。
おじいちゃんは、私より圧倒的に早くここから居なくなるだろう。そうしたら、もう誰も私を特別だとは思わない。
甘えだとは、知っている。けれどもそれが少しだけ、私の胸を苦しくさせた。おじいちゃんが死んでしまったその後で、私は不特定多数に消えるのだ。
涙は出ない。別段、悲しいわけでも、寂しいわけでもない。けれども、どこか虚しくはあった。
ノイズのような音をして、夏の夜虫が鳴いている。私はそれを聴きながら、何度も寝返りを打ちなおす。
私が特別じゃないことに、気が付いたのはいつだろう。それをよく、私は寝る前考える。それは果てしない記憶の海に、小舟で漕ぎ出すみたいなものだ。
そして、先が見えない退屈に、圧し潰されて眠るのが、私の日課となっている。 けれども結局、その日空がゆっくりと白むのを、私は薄眼で見守った。
ひんやりした空気の中で、山から太陽が顔を出す。空の色は青から赤へ。
私は、この真夏の日を想う。この冷たい空気が熱をはらんで、蝉たちがじわりと騒ぎだす頃、私は眠っているだろう。扇風機の風を「強」にして、タオルケットをお腹にかけて。 祖父が、お昼をのそうめんを、用意してくれるその時までは、私はきっと夢の中。
寝返りを打って、目を瞑る。ようやく、今日の分のバッテリーが切れかけていた。大きく、息を吸って吐く。早朝の静寂をまとった風が、私の頬に優しく触れる。それを合図にするように、私は眠りに落ちてゆく。
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