3人が本棚に入れています
本棚に追加
「うまく、言葉にできないよね」
優菜が、不満そうにそう言った。私は蚊帳の中で寝転んで、電話越しにそれを聞く。昼寝をしようとした矢先、彼女から電話があったのだ。
「どうしたの?」
「いや、私たち、大人になっちゃうんだって思って」
声に出ないように、私は笑う。
「まぁ、あと二年で二十歳だけど」
私はあえて、祖父への疑問と、おんなじことを口にする。
一瞬の沈黙が、回線越しに流れてく。
「ほら、そういうんじゃなくて、なんかこう、ほら、映画も水族館も、特別料金で入れなくなって、一般になっちゃって、でも別に何もしてないのに一般に括られちゃうって言うか」
「それが言葉にできないのが気持ち悪いから、電話してきたの?」
「大人な遙ちゃんなら、何か解るかと思いまして」
彼女は笑ってそう言った。
「私だってわからないわよ、でも・・・」
でも、なんて言いたかったのだろう。頭の中で、祖父の言葉を繰り返される。
「ねえ、優菜」
「ん?」
「何かしたいことってある?」
「何よ、急に」
「なんか、楽しいことがしたい」
電話口、優菜が笑いを漏らすのを聞く。
そして、私も、笑ってしまう。二人でしばらく笑ったあとで、つかの間の沈黙が訪れる。遠く、蝉の鳴き声が、いやに大きく私に届く。そしてポツリと、優菜が言った。
「じゃあ、旅行に行こう」
「いいね」
そしてまた、二人は笑う。
お互い、実現しないことを知っている。けれども今は、何処でもいい、何処か遠いところへ思いを馳せた。
優菜からの電話を切って、ごろんと布団に転がった。天井は、いつもと何も変わらない。渦巻く木目と目があった。
「なんだかな」独り言。
「水泳、楽しかったかって」
祖父の言葉を思い出す。
最初のコメントを投稿しよう!