浮力

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「うまく、言葉にできないよね」  優菜が、不満そうにそう言った。私は蚊帳の中で寝転んで、電話越しにそれを聞く。昼寝をしようとした矢先、彼女から電話があったのだ。 「どうしたの?」 「いや、私たち、大人になっちゃうんだって思って」  声に出ないように、私は笑う。 「まぁ、あと二年で二十歳だけど」  私はあえて、祖父への疑問と、おんなじことを口にする。  一瞬の沈黙が、回線越しに流れてく。 「ほら、そういうんじゃなくて、なんかこう、ほら、映画も水族館も、特別料金で入れなくなって、一般になっちゃって、でも別に何もしてないのに一般に括られちゃうって言うか」 「それが言葉にできないのが気持ち悪いから、電話してきたの?」 「大人な遙ちゃんなら、何か解るかと思いまして」  彼女は笑ってそう言った。 「私だってわからないわよ、でも・・・」  でも、なんて言いたかったのだろう。頭の中で、祖父の言葉を繰り返される。 「ねえ、優菜」 「ん?」 「何かしたいことってある?」 「何よ、急に」 「なんか、楽しいことがしたい」  電話口、優菜が笑いを漏らすのを聞く。  そして、私も、笑ってしまう。二人でしばらく笑ったあとで、つかの間の沈黙が訪れる。遠く、蝉の鳴き声が、いやに大きく私に届く。そしてポツリと、優菜が言った。 「じゃあ、旅行に行こう」 「いいね」  そしてまた、二人は笑う。  お互い、実現しないことを知っている。けれども今は、何処でもいい、何処か遠いところへ思いを馳せた。  優菜からの電話を切って、ごろんと布団に転がった。天井は、いつもと何も変わらない。渦巻く木目と目があった。 「なんだかな」独り言。 「水泳、楽しかったかって」  祖父の言葉を思い出す。
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