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水泳は好き、だったと思う。
祖父の言葉は的を外しているのだろうか。
「そういえば、」
朝の違和感を思い出し、また独り言が喉から溢れた。
私が最後にプールに入って泳いだの、いったいいつだったかしら。
思い出せない。私にとって、水泳って、何だったのだろう。そんなことも解らない。別に、水泳が私から欠落しても、特に違和感無く生きている。
目を瞑る。塩素の匂いと水の音。それらの記憶は私をやがて、いつかのある日に連れてゆく。
父の手が、幼い私の頭に置かれ、それを見て母が、目を細めるようにして笑う。
「よく泳ぎきったな」父はそのまま撫でまわす。
塩素の臭いが、つん、とした。たった、それだけの瞬間の記憶。
遠く、ひぐらしの声がして、畳の部屋に引き戻る。ここに、彼らはいなかった。
別に、寂しくはない。けれどもなんだか、哀しい夢を見た後のような気分になって。ふてくされるように、寝返りをうつ。プールのことを、考える。そして自分についてのことも。
私は、反動をつけて起き上がる。そして、サンダルを履いて外に出た。道が、遠く、山と山の合間を縫って、足元まで続いてる。
あの日父は、プールサイドを蹴り損ね、うまく進めない私を掴み、そっと前へと押し出した。そのまま私は無心で泳ぐ。考え事をした途端、沈んでしまいそうだったから。
たしか、母も言っていた。体の力を抜きなさい。そして、考えないように。意識は体を固くする。それが、水底に足をつけないで泳ぐ一つのコツよ。優しい声で、そう言った。
私は、うまく進めたのだろうか。体が強張り、固くなってゆくのがわかる。ため息を漏らして、下を見る。私の足はしっかりと、二本とも地面についていた。そこから、ゆっくりと頭を上げる。山とは反対方向へ、道は真っすぐ伸びている。けれどもその行く先は、半透明な陽炎のせいで、何があるかわからなかった。
その景色の眺めながら、少しだけものを考える。部活のことを考えて、お盆休みで誰ひとりいない、学校に思いを馳せてみる。そして、思いっきり空へ向かって背伸びをした時、私は心に決めていた。
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