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のろのろとバスがやってくる。プールバッグを肩にかけ、私はそれを待っていた。日はすでに傾きかけている。やがてバスはため息と共に、私の前に立ち止まる。
そうして私は、足をステップに踏み込んだ。錆びた扉は今とあの日を、隔てるように、ゆっくりと軋んで閉じてゆく。
ため息を一つ、バスがつく。やがて、のろりと動き出す。ふと、私は振り返る。車窓に映るバス停は、次第に小さくなってゆく。そこに私が立っていた、ようなきがする。苦笑いとともに首を振る。私がそこにいるはずはない。居るとすれば今ここか、あるいはあの日のプールの中に。
「たしかに、楽しくはなかったな」
また、独り言。
ただ私はあの日から、無心で泳いだだけなのだ。父に前へと押し出され、母の教えのとおりに泳ぐ。
そして窓辺に頬杖をついて、外の景色に目をやった。
山から、風が降りてくる。それを裾野の稲穂が受ける。それと連動するように、まるでドミノ倒しの要領で、彼女の方へと頭を揺らす。その風景が、無性に私を離さない。
それが何を意味するのかは、きっと誰にも分からない。けれども何故だか懐かしく、その時私は思うのだった。
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