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出会
クリネ=システィナベル、16歳。
大王国から魔導馬車で、3時間程かかる地方国家ベセノム出身の少女。小さい頃に両親をどちらも亡くした。
親戚の家に居候しながら、貧乏な学生時代を送る。
中等学校卒業後、魔素流の乱れによって発生する「魔物」を狩る、狩猟者になる。
これがクリネの略歴だ。
「貴女、ハンターなんて野蛮な職業やるなんて、正気なの!?」
あの時は叔母さんに強く止められたが、クリネはこの選択を後悔はしていなかった。
確かに、ハンターは危険が伴う職業で、女性の立場も厳しい。
けれどやはり、もう一度選び直せるチャンスがあってもこの選択をするだろうと彼女は思っていた。
進んでなろうと思ったことなど一度もなかった。なりたかったのではなく、ならなければいけなかった。《若》しくは、なるしか無かった。
自分は貧乏で、満足に学校にも行けない。そのため、進学はおろか就職も出来ない。
叔母にも自分の子供がいて、クリネにかけるお金などはほんの少しだった。
でも、それは仕方の無いことだとクリネは理解していた。
それでもクリネは、ベセノムの中で、いや、世界で1番不幸なのは自分だと、心のどこかで思っていた。
皆、温かい家族がいて、大学に通えて、有名企業に就職して…きっと幸せになるのだろう。
その分は、努力で補ったつもりだった。
独学でハンターの基礎知識を学び、男に負けないように体力を強化して。剣の技術を学んで、実戦で何回も死にかけて。
ただただ、がむしゃらに。
気づいたら、「剣姫」と呼ばれるまでになっていた。
誰も助けてくれなかった。
「今日のご飯?何を言ってるの。貴女、稼げるようになったんだから、自分で食べてらっしゃい。その大金でね」
優しかった叔母さんも、ハンターになると言ったら、急に人が変わったように冷たくなってしまった。
「え、君、新人?いいね、お兄さんが付いてってあげるよ。その代わり、報酬はよろしくね……ヒヒヒ……」
男の人も下心がありそうな目つきで、ニヤニヤしながら話しかけて来るだけ。
結局頼る人がいなかったから、たった1人で努力するしかなかったのだ。
それが、どれほど心細かったことか。
とある親友と出会うまでは、ずっとひとりぼっちの生活だった。
水商売をやるか、魔物を狩るか。どちらも選びたくない選択だったが、クリネは敢えて戦いの道を選んだ。
ハンターになったきっかけは、ひとつにあの出会いがあったことかもしれないとクリネは思っていた。
それは、クリネが十歳の誕生日を迎えた日だった。叔母とともに誕生日のお祝いを買いに行くことになった。
「クリネ、今日は好きな物一個だけ買ってあげる」
「ほんと?やったぁ!」
叔母に連れられて行った地元の市場は、とてもよく賑わっていた。
クリネの地元は田舎で、最新の技術がしこたま詰められた電子機器などは無かったが、その代わりにとれたての野菜や近くの湖で取れた魚などを売る店が軒を連ねていた。
クリネはそんな長閑な空気が流れるこの地元が好きだった。
叔母と手を繋ぎながら、人混みの中を練り歩く。やっと人が少ない所に出ると、目の前に一つの屋台があった。
そこは、武器屋だった。
最近は魔物の発生数が増加してきており、特に防護が手薄な田舎で被害の出るケースが目立ってきていた。
それを背景として、ハンター達が現地で武器調達すると見込んだ行商人が屋台を開くのは定番のことだった。
勿論、幼いクリネにはそんなこと知る由もなく、叔母が台所で使っている刃物らしきものが売っているというようにしか感じなかった。
ある商品に目が留まる。
それは単なる模擬剣だった。細い刀身が特徴の細剣の形をした木製の剣。通常、訓練用や素振り用にしか使われない。
それは無駄に凝って作られていた。
刀身にはキメ細やかな装飾が彫られ、鍔も振るのに邪魔にならない程度に、意匠が凝らしてあった。
何故か、目が離せられなかった。
すると、じっと模擬剣を見つける少女に気がついたのか、店員さんが
「嬢ちゃん、これに興味があるのか?握るか?」
と声を掛けてきた。そしてクリネが返事をしようとすると、
「あなた、何を言ってるんですか。うちの子には、そんな野蛮で物騒な物を触らせたくありません。クリネも何を言っているの。これは、危ないものなのよ」
叔母に止められてしまう。しかし、ここでクリネは食い下がった。
「お願い。一回だけ、一回だけ」
「駄目です」
そんな問答を繰り返すこと数十回。先に折れたのは、
「はぁ、そんなに言うなら良いわよ。勝手になさい」
叔母だった。
剣を触るのを許したと言うよりかは、食い下がるクリネが面倒臭いと感じたように見えた。
「はい、どうぞ」
自分の身長より少し小さめの剣に触れる。
「あっ……」
声が漏れた。剣を触れたのはこれが始めてなのに、触ったことがある感覚がした。
クリネがそれを疑問に思っていると、
「ほら、いつまでそうやってるつもりなの。早く行くわよ」
叔母はとっくに剣などには興味を無くしており、また人混みの中へ飛び込もうとしていた。
叔母が先程よりも機嫌の悪くなったのを感じ、クリネは慌てて剣を離し、その場を立ち去ろうとする。
すると、
「嬢ちゃん、これあげるよ」
「え、でも、私お金持ってないです」
「いいんだよ。ほら、今包んであげたから、持っていきな。あの人にバレないようにね」
「ありがとうございます、おじさん!」
店員さんの粋な心遣いに顔を綻ばせるクリネ。礼を言って、叔母の元へ走り去って行った。
「おじさんか……俺まだ三十路なんだけどな……」
おじさんもとい、お兄さんの寂しい独り言は喧騒に掻き消され、クリネの耳には届かなかったということも付け足しておく。
「グガァーッッッ!!!」
そして今、クリネは自分の3倍もの身長の大型の熊に似た怪物、ベアリンスと対峙している。
コイツの特徴は、異常に発達した爪。
そこらの魔導剣にも劣らない硬度を持つそれは、一撃でもまともに喰らえば、例えフルプレートを着ていても、あの世行きだ。
「フッ!」
クリネは、細剣を使うときは、軽装備で身を包む。「ヒットアンドアウェイ」を基本とした立ち回りを意識しているためだ。
他の種類の武器も、多少は扱うことは出来る。
しかし。
避けることを基本とし、少しでも隙ができたら、正確にそこを突く。
それが今まで魔物との戦闘において、最も安全かつ効果的なものだというのが、クリネの持論だった。
今回も相手側が攻撃に疲れたのか、隙を見せる。私はその隙を逃さず、頭を撥ねようとする。
油断はしていなかった。
「グルガァァァァッッッッ!!!」
「!?」
突如として、ベアリンスの体が輝きだす。
反射的に、不味いと感じた。目に見えない圧に、心臓が押し潰されているようだった。
クリネが、次の行動を決めあぐねているその時だった。
(……………む?)
上から何かの気配を感じた。敵かどうかはわからない。もしかしたら、隕石の可能性もある。
(くそっ、こんな時に……)
とにかく、異常な速度でこちらに近づいてきてるのは明らかだった。
ベアリンスは相変わらず、光を放ち続けている。どうやら、気配には気づいていないようである。
ズリ………ヒュンッッ!
脚を撓め、力を込めて一気に後方へと加速した。
次の瞬間、
地が揺さぶられた。
凄まじい轟音。
何かが、予想通り落下した。いや、墜下と言った方が正しいだろう。
重力に引かれ墜ちて来た「それ」は、凄まじい破壊力を持っていた。
「ぐっ…」
女とはいえ、鍛え上げたクリネの体でさえよろめくほどに。
やがて砂埃が消え、その姿が見えてくる。
先程まで、光り輝いていた熊は跡形もなく消え去っていた。
これほどの甚大な被害ももたらしたのは、隕石などではなく、、、、、
「いやー、ちょっとやりすぎたかな?」
1人の少年であった。
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