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討伐
音のした場所では、魔導馬車が1台横転し、周囲に犬の魔物が彷徨っていた。
荷物が散乱していることから、ルクは行商中の商人であると予測した。
「グルルルル……」
魔物は襲撃寸前だと言えた。とてもではないが、商人の手に負えるものではないだろう。
ここのところ何も口にしていなかったのだろう。
涎を口から垂らし、馬車から餌が出てくるのを今か今かと待っている。
「馬車から出ないで下さい!」
クリネは大声を出して、警戒を呼びかける。それに魔物の気を引く目的もある。案の定、魔物はこちらに気づく。
「貴方は、下がってて下さい!私が片付けます!」
丸腰だから、戦えないと判断されたのだろう。クリネの実力を知るいい機会であると考え、ルクは素直に下がっておく。
クリネは腰から剣を抜く。陽の光に照らされて煌めく銀の刀身は、よく鍛えられているのが素人目でもわかった。
細剣。突きを基本とし、弱点を素早くピンポイントに攻めることが出来る。
初めて見る構えで、魔物と対峙するクリネ。
互いに隙を窺う。一瞬で決着がつく。気を抜いた方の負けだ。
「フッ!」
「グッ!」
人間離れした速度で、攻撃を仕掛ける。魔物はその速さに驚き、体が僅かに硬直する。
直ぐに姿勢を立て直すが、時既に遅し。
肉薄したクリネが洗練された突きを放つ。
脳天を狙い、放たれた一撃は分厚い魔物の皮膚を貫通する。
剣を引き抜くと、声も出さず犬は倒れ込む。
「「「「おおっ!」」」」
どうやら、馬車の陰から見ていた商人たちが歓声を上げる。
「大切な商品を守って頂きありがとうごさいました」
「護衛の方は、どうされたんですか?」
クリネが不思議そうに尋ねる。
確かに言われてみれば、こんな場所を横断するというのに、護衛の姿が一切見えない。行商をする上で、必要不可欠といっても過言ではない。
「お恥ずかしい話なのですが……私達は商売を始めたばかりで護衛を雇うお金が無いのですよ……」
とリーダー格らしき青年は、力なく笑う。
心做しか、馬車もみすぼらしく見えた。
ルクはチラリとクリネの方に目をやる。すると彼女はルクの言わんとすることが分かったのか、頷く。
それを確認すると、
「分かりました。僕達が護衛を引き受けます」
「こ、困ります!先程も言ったように…」
「いや、報酬は要らないですよ」
「ええっ!?」
ここで金を貰ったらそれまでだが、貰わなければ、コネと貸しを作れる。
この2つは簡単に金では買えない。よっぽどこちらの方がいい、とルクは考えていた。
街道はコンクリート舗装がなされており、馬車でも快適に進むことが出来た。ベセノムの技術力の高さを象徴するものであった。
その後、ルク一行は地方国家ベセノムに到着した。
ベセノムはその周囲を堅牢な城壁で囲まれており、特殊な防御魔導が常時発動していた。
商人たちとクリネとのおかげで入国はスムーズに済んだ。
ルクは、パスポートが要るのかもしれないと焦ったが、それは杞憂に終わった。
名前と年齢と出身地を質問されただけだった。出身地以外は嘘偽りなく答えた。
「この国は、他の国に比べて出入国し易いんですよ。外からの技術力の方が大切らしくて。しかも、土地の方は大規模な拡大計画が進んでるって話ですよ」
とは、助けた商人のリーダー格、アキマークからの説明だ。
流石、商人。住人でないにも関わらず、彼らよりも情報を持っているものと思われた。
いかに商人にとって、情報が大切かが分かった瞬間でもあった。
_______________________
無事にベセノムに入ることが出来た。2人はアキマーク一行と別れ、ベセノムの中心街を歩いていた。
地方とはいえ、さすが中心街。
高いビルが乱立し、至る所に最新の魔導車が走っている。かなりの速度だった。
地下にはこれまた魔導で動く地下鉄があるというのだから、驚きだ。
既に、電気やガソリンで動くものすら古い物扱いだと言う。魔導馬車などは、言うまでもないだろう。
この都市独特の騒音や景観はルクにとっては、初めてのものだった。
(静かで、ゆったりと時間が進んでいたアルカナとは対照的だな……悪くは無いけど、落ち着かないというか、ソワソワするな)
「へぇ、ルクさんってアズノベルト出身だったんですね」
「うん。まぁ、物心ついた頃から各地を点々としてるんですけどね」
しかし、出自を隠さねばならないので、慌てる素振りは見せられない。
また、そう言っておかないと面倒くさくなるとルクは考えていた。
万が一、この北東地域最大の国であるアズノベルトの話題が出たら困るのだ。 景勝地や、名産など微塵も知らない。
かといって、本当のことを言っても信じてもらえる保証はない。
なにせ、死んだ国アルカナを知っているのは大戦を生き残った人々しかいないからだ。
クリネがその人たちに含まれるとは、到底思えなかった。
つまり、旅をしていると言っていた方が都合がいいのだ。
「私も行きたいなぁ、旅」
クリネは、なんとはなしに呟く。
「じゃあ、行きましょうよ」
「え?」
突然の提案に驚くクリネ。
「だって、すごい行きたそうですもん」
「で、でも…」
「ハンターの仕事が忙しいと」
ルクは彼女の気持ちを先読みする。すると、クリネは気まずそうに頷く。
「だったら……」
「だったら?」
「僕も貴女を手伝いますよ」
「ええっ!?」
先程の何倍も驚くクリネ。そして直ぐに
「……お気持ちはありがたいですが、そんな急にはハンターにはなれないんですよ…」
ハンターと聞くと、荒っぽい無法者の成れの果てのイメージがあるかもしれない。
だが、この世界においてそれは間違いである。
狩猟協会というものがある。本部は大王国に位置し、各国家に支部がある。
ハンターへの仕事の斡旋が主な業務で、戦争が勃発した際には、ハンター達を招集したりする。
そしてこの組合は国家から認められた独立組織である。 ハンターは、その野蛮な職業内容とは反して、公務員に近い立ち位置なのだ。
勿論、給料は税からではなく、自分で稼ぐのだが。
ただ、ほかの職と比べると危険度が遥かに高いので、人気がない。女性などには、ほとんど見向きもされない。
さらに、ハンターになりたければ、それ相応に煩雑な手続きを踏む必要があるのだ。
履歴書はもちろんのこと、筆記や実技の試験など一般企業と変わらない審査を受ける。
合格後、長い研修期間を経て、ようやくハンターになれる。
「そして、晴れてハンターになったとしても、初めのうちは先輩の荷物持ちとかをやらされるんです」
「なんか、国から認められた会社って感じですね」
「そうですね。人の命がかかってるから、おいそれとハンターにさせる訳には、いかないみたいらしくて。倍率は低いのに、合格者はとっても少ないんですよ」
ルクは、暫く沈黙した後、口を開く。
「クリネさんのはなしで、ハンターに簡単になれないことはよく分かりました」
「なら、すみませんが…」
クリネは、言外に諦めるよう勧めた。けれども、彼の目には決意が宿っていた。
「僕に案があります。半日ほど、猶予を下さい」
「い、いいですけど。何をするつもりなんですか?」
「内緒です」
笑いながらルクは言った。クリネは、何故だか嫌な予感がするのであった。
クリネが思案顔でいても、ルクはニコニコしたままだったのが少し不気味だった。
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