避難小屋の夜

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   N県のとある高山に登ろうと誘われたのは、春休みも間近の二月のことだった。  その時の私は大学の卒業を間近に控え、少し感傷的になっていた。二ヶ月後にはこの校舎に私はいない。そうと思うと寂しい気持ちになり、無為にキャンパスを歩いては見かけた友人を捕まえ思い出話を語り合う日々を送っていた。  だから、山岳同好会の後輩から登山の誘いを受けた時は嬉しかったものだ。 〝この前の追いコン登山、あまり先輩と喋れなかったから。今度は少人数で行きたいなって……いかがですか?〟  私が所属していた山岳同好会は今にも解散しそうな程の小規模な集まりだった。だけれど在学中の四年間、自分なりに精力的に動いてきたつもりだ。その結果、こんなにも慕ってくれる後輩ができたことは私の誇りだった。  参加者は、連絡をくれた一年の佐伯くんと、同じく一年のかなのちゃんと私の三人となった。  今回は彼らが仕切ってくれるとのことで、コース作りは二人に任せた。後日送られてきたルートは、N県まで夜行バスで向かい、頂上の山小屋に泊まってご来光を眺めるというものだっだ。無理のない、それでいて景観のよさそうなコースだ。  楽しみしかなかった。しかし当日、予想外だったのは天気だ。 「……あ、降ってきた」  かなのちゃんが足を止め、空を見上げた。  私も頭上を見ると、鬱蒼としたスギの葉の隙間からぽつぽつと水滴が落ちてくるのが見えた。その先、僅かに見える空は厚手のカーテンを引いたように雲に覆われている。  私は思わずため息をついた。 「やだ、ついてないな」 「えー。佐伯くん、今日ってたしか晴れ予報だったよね?」 「うん……雨雲レーダーにも雲の気配はないんだけど」  しぶしぶレインウェアのフードを被る。視界が狭まり、ただでさえ見通しの悪い細道がさらに見えにくくなった。  そのうち止むだろうと、私たちは気にせず小雨の中を進んだ。しかし雨脚は弱まるどころか少しずつ勢いを強めるようだ。  雨の登山は嫌いではない。でも、時と場所を選ぶと思う。  
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