避難小屋の夜

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  「……なんか、最後の登山なのにしまらなくてごめんね」  思わず呟くと、かなのちゃんが驚いたように振り返った。 「え? なんで先輩が謝るんですか」 「だって、この前の追いコン登山も雨だったじゃない。降るって分かってたら別日にしたんだけど」 「しょうがないですよ、前回も今回も雲ひとつない晴れ予報だったじゃないですか。予測するのは無理です」  佐伯くんが冷静に答える。でも、責任は年長者である私にあるから、と心の中で反論した。  同好会の中で唯一の四年生である私は、みんなをまとめる部長のような役割を担っていた。みんなといい登山をしたい。そのためにはここぞという登山では晴れでなくてはならない。そのために、雲の流れや天気図を見る勉強だってしてきたのに。  雨は徐々に強くなり、ゴアテックスの肩を、腕を、容赦なく叩いた。  引き返すべきか。そんな考えが頭を過ぎった時、佐伯くんがふと呟いた。 「避難小屋、この辺にあったよね」  言いながら、目を細めて遠くを見つめる。ちょうどその先、木々の隙間にくすんだトタン屋根の建物が見えた。  途端にかなのちゃんの声が明るくなる。 「ある! そうだ、忘れてた」  私も忘れていた。たしかに、予めもらっていた地図の中に避難小屋のマークがあった気がする。建物に近付くと、やはりそれは朽ち果ててはいるが避難小屋だった。  錆びたドアノブを力一杯回すと、ギシリと音を立てて戸は開いた。内部は二十人は収容できるかという広い作りで、大きくふた部屋に分かれている。板張りの床は古く傷だらけだが、雨宿りをするだけなら申し分はなさそうだ。  その時、ドン、と背後で大きな音がした。  驚いて振り返ると、開けっ放しにしていたドアが閉じていた。風に押されて閉まったのだろう。  閉め切られた室内でも雨の気配は収まらず、雨粒が強く窓を叩いている。 「……今夜は、ここに泊まることになるかもしれませんね」  佐伯くんの言葉は数時間後、現実のものとなった。夕方になっても雨は止まず、私たちは結局ここに泊まることにした。  
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