最終話 気高き羊王と運命の番

16/16
1249人が本棚に入れています
本棚に追加
/131ページ
 いつの間にか塔の周りを警備していた他の犬族の者達が、こちらを見ているのに気付いた。俺は強く手を握り直し、振り返って真っ直ぐにアルの顔を見詰める。 「……大丈夫だよ、アル」  周囲の視線に、恐怖に揺らいでいた瞳が、俺の呼び掛けでようやく焦点が合う。 「俺だけを見ていて」  俺はアルに微笑み掛けながら、少しだけ手を引いた。アルの足が一歩、塔の外に出る。  柔らかな風が俺とアルの間を通り抜けた。雨上がりの、独特な匂いを含んでいる。  少しぬかるんだ道を一歩一歩、進んでいく。と、アルは唐突に立ち止まり深く息を吐いた。 「太陽の日差しは、これほど熱いのだな」 「うん、そうなんだ。風も大地も、草も木も、全部……素晴らしいものだよ」  見上げると、空に虹が架かっていた。きっと塔の窓からだったら見えなかった、素晴らしいものの一つだ。 「陛下、歩いて行かれるのですか?」  後ろから付いてきていたスウードが、笑みを浮かべて立っていた。きっと、彼もこんな日が来ることを望んでいたのだろう。 「ああ、歩いてみたいのだ。ロポと」  真っ白の美しい睫毛を伏せるようにして目を細め、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて俺を見た。俺も笑みを返して、「行こう」と手を引く。俺は少し弾むようにして、時折隣に居るひとりの美しい青年の顔を見詰めながら、羊の国の門に向かって歩き出した。
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!