番外編① 幸運という名の犬

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番外編① 幸運という名の犬

 ただ、立っている。一日中、何も起きないのに。意味があるのかも分からない仕事は、僕を憂鬱な気分にさせるには充分だった。 「スウード、三時間後に交代だからな」  武器として役に立つのか不明な木の棒を僕に渡して、去っていく同僚を見送る。  用水路の警備。それが僕に与えられた今日の仕事だった。このひと月、門番、宿舎の清掃、壁外の巡回、今はもぬけの殻になっている塔の保全だったりを犬族の同胞たちと交代で担当してきた。  しかし、それらの仕事は、僕が今まで担ってきた仕事とは比べものにならないくらい、無味乾燥なものだった。  僕は、羊の国の娼館で生まれた。母は娼婦で、父は誰だか分からない。だが、犬族のαだったことだけは確かだった。羊の優性のΩだった母から産まれた僕が、犬だったから。  母は産後の肥立ちが悪く間も無く亡くなったそうだ。母が与えてくれたのはこの丈夫な身体と、スウード──「幸運」という名前。健康で五体満足であるという以外は、「幸運」だとは言えない人生だった。  母の死後、壁の外の同胞たちによって育てられることになった僕は、物心のつく頃には宿舎の雑用を任されていた。  荒っぽい性格の犬族も多く、失敗すると罵倒されたり殴られたりしたが、日常の一部だったそれらについて、何の疑問も不満もなかった。孤児である僕が、生きるための唯一の道だったからかもしれない。  ひとりだけ、心優しい老人がいた。僕と同じ娼館生まれの犬族で、優性のα。身長が二メートルを超えるアラスカン・マラミュートという種の大男だ。彼は僕の種がウルフ・ドッグだと教えてくれた。  犬族の優性のαは皆狼に近く、ごく少数で、更に狼と犬との混血でどちらかに寄らない僕のような者は、その中でも稀有な存在なのだとも言った。
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