番外編① 幸運という名の犬

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 寝たきりだった彼の食事の世話を任されていた幼い僕にとって、その老人が唯一の心の拠り所だった。丁寧な言葉遣いをする彼に、僕は美しい言葉と最低限の道徳、生きる上で必要な知識を教えて貰った。  しかし彼も僕が九つになる頃に逝去し、同胞の中に居ながら孤独感を抱く日々が始まった。  数年後、女王が不慮の事故で亡くなり、王子が王位を継承した。しかし新しい王はまだ子供で、側使いに立候補した犬族の男が三十半ばだったため、ちょうど新王より四歳年上だった僕を雑用係として付けることになった。  まさか、側使いになったあの男が、反逆者だとは誰も思わなかった。長く続く王の一族に反感を持つ者や恨んでいる者が居ないとは思わなかったが──同胞たちの会話で不満を語る者も稀に居た──、暗殺を企てるとは予想もしていなかっただろう。  僕があの日獣化の力に目覚めなければ、恐らく僕の人生は、謀反人の男と共に終わっていた。  男と親しかった者たちの中で、この計画に加担した者は皆投獄され、反乱因子は摘み取られた。そして、この一件で唯一王の信頼を得た僕が、従者として仕えることになった。    あの塔という箱庭で、陛下の従者として過ごした日々は、僕にとって唯一の幸福な時間だった。  仕えて間もない頃はたくさんの失敗をして、陛下を呆れさせていたが、しかし陛下は湯の温度が高過ぎて苦くなってしまった紅茶を渋い顔をしながらも飲んでくれるような優しい方だった。  だから、僕は少しでも陛下の役に立てるようにと、せめて美味しい紅茶を淹れられるように練習をしたものだった。
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