彼はモテる。らしい。

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彼はモテる。らしい。

上谷の同僚である、浅岸という男はとてもモテる。………らしい。  この間も、誰それが浅岸に告白したらしいよだとか、とにかくそんな噂を、更衣室とは名ばかりのロッカールームで誰かと誰かが話していたのを上谷は耳にしている。  会社の女子制服が廃止されたのは、上谷が入社するよりの前のことだ。ジョギングを兼ねて通勤するだとか、終業後にどこかに行くだとかの理由以外で着替えに使う人間は少ない。そんな更衣室を利用するどころか、今日は会社に向かうこともなく、彼女は待ち合わせ場所である東京駅にいた。 「おはようございます、上谷さん」  待ち合わせ時間の三分ほど前、やってきたのは、今日の仕事で一緒に移動することになった浅岸だ。普段は上谷の隣席、外回りなどで出かけることも多い。爽やかな笑顔が素敵な好青年だ。 「おはようございます、浅岸さん」  浅岸に対し、折り目正しく上谷は答えた。普段はひとつに縛っている髪が、軽く会釈をしたことで肩を滑った。  俗に言う『イケメン』とのお出かけに、彼女の内心はかなり弾んでいるのだが、傍目にそれがわかる者はほとんど皆無だろう。むしろ、ほとんど黒にしか見えない、紺色の眼鏡フレームの目は冷えきっているようにしか見えない。 「今日は下ろしてるんですね」 「………え?」  浅岸は、柔らかい表情で、自分の肩を払うような仕草をして見せた。 「髪です、髪。なんかちょっと、雰囲気変わりますね。俺、ドキドキしそう」  ああ、と上谷は軽く髪を撫でるような仕草をする。 「今日は、パーティーだから。チケットって、浅岸さんが持ってるんでしたよね?」 「はい。俺が持ってます。………行きましょう」 「そう。手配、ありがとう」  上谷をエスコートするように、浅岸は歩き出す。ちらりと自分の背中に回された腕を見てから、上谷は軽く首に触れた髪を後ろに払った。  ほとんどの会社の出勤時間よりは遅いものの、朝の東京駅は当然のように込み合っている。 「新幹線に乗る前に、何か飲み物でも買っていきましょうか」 「いえ、わたし、家の近くでもう買ってあるので」 「そうですか。じゃあちょっとだけ、失礼しますね」  浅岸は申し訳なさそうに言い置くと、近くの自動販売機に走っていった。その背中を何とはなしに見ながら、上谷は人の流れの邪魔にならないよう、通路の端に寄る。  浅岸の身長は普通といっていいくらいか。髪は会社員らしい長さの、サラサラした柔らかそうな髪質で、バスケットボールか、フットサル辺りをしていそうな雰囲気のある青年だ。仕事もできる。上谷は、浅岸がミスらしいミスをしたところを見たことがほとんどなかった。字も綺麗だし、机の上も整っている。ただ、潔癖症というわけでは無さそうだ。休憩中に落としてしまったお菓子を平気で拾って食べていたり、物をよく落としていたりと、どこか抜けたところがある。上谷から浅岸に対する評価はかなり高い。  ただし、拾い食いについての案件にのみ、かなり評価を下げている。
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