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「ありがとう。わたしは後でいいから、先にどうぞ」
「ありがとうございます」
また小走りに、浅岸は御手洗いに向かって行く。その背中に、上谷の中では浅岸に対する好感度がまた上がって、見てるだけなら自由だしね、と自分を納得させていた。
わぁぁ、と、壁一枚隔てたような拍手と歓声が聞こえ、それがすぐにクリアになった。どうやら、商品発表の場であるお食事会場の隣は、結婚披露宴の真っ最中らしい。お色直しをしたのだろう、ピンクのドレスとグレーのモーニングを着た二人が寄り添い立っていた。
良いものを見たな、と上谷の頬は完全に緩んでいた。
出費はとてもとても痛いものだが、上谷は結婚式というものが大好きだ。綺麗なドレスには憧れるし、あんな幸せそうな瞬間に触れられるのはとてもありがたいと考えている。
この次の結婚式はりさちゃんか、ほのかちゃんか、どちらだろう、だとか、ご祝儀貯金をしておこうかな、とか、今度転職するときは、ウェディング関係もいいかもな、なんてことを上谷は考えていた。
「ああいうのってうらやましいですよね。俺もいつか、結婚したいです」
上谷がぼうっとしていた間に、浅岸がトイレから戻ってきていたらしい。いきなり声をかけられて、上谷は驚き、ほんの少しだけ目を見開いた。だが、それは一瞬だけだ。すぐにいつもの整った、営業的な笑顔に成り代わってしまう。
「今度は俺が荷物を預かってます」
「よろしくね」
上谷が向かったトイレは少しばかり混んでいた。
女性のトイレというものは、基本的に個室滞在時間がやたらと長い。上谷自身もその女だというのに、みんなは中で何を一体やってるんだ、と少々失礼なことを考えるほどには。
わたしは君たちの半分の時間で終わるぞ!もっときびきび動け!………などと、言える訳が無いので上谷は静かに順番を待つ。
それで大分時間がかかってしまった。待たせている浅岸に申し訳ないと、上谷は少しだけ、小走りになる。
「お待たせ」
「………いえ」
預けていた荷物、といっても、そんな大袈裟なものではない。浅岸は大きめのカバンがひとつ。上谷も似たようなもので、大きなバッグを浅岸に預け、小さなバッグのほうは自分で持ち歩いていた。
隣の披露宴会場の扉はしっかりと閉じられていたけれど、歓談の声が漏れ聞こえている。
自分の荷物を受け取ろうかと上谷が手を伸ばしたところ、浅岸に取られてしまった。
「このままクロークに預けて来ちゃおうかと思うんですけど、貴重品とかはありますか?」
「貴重品はそっちにはないかな。そうね、お願いしちゃいましょ」
さすが、仕事のできる男、浅岸。自分であれば何も考えず会場に持ち込み、もたつくところだった。………と上谷の中の浅岸好感度ポイントがまたひとつ、貯まっていく。
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