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二人のフェルミ
「えっと、フェルミです。見ての通りおばさんですが、心機一転、頑張りたいと思います」
手短な自己紹介が一巡すると机に真新しい教科書が山積みされた。こんなことまで習うの、とマリスは驚いた。バーゼノンの安全保障技術は隣国ザイドリッツに刻一刻と追い上げられており、ウイッチが学ぶべきジャンルも形而上生物学にまで及んでいる。
「フェルミって凄いよね。この歳でベルヌ術を学ぶんだって」
隣席のネルバが吹聴している。マリスは隠れたくなった。魔法を取り入れた格闘術で、詠唱する暇のない接近戦を簡略化された呪文で乗り切る。その為、魔法の効力はどうしても攻撃より防衛力に向けられる。
腕力や肺活量を強化する呪文で徒手空拳を補う。ちょうど校庭で2年生の女子が授業を受けていた。
「あれを着なくちゃいけないの?」
半そでに太腿の付け根があらわな下履きのユニフォームを見て、マリスが顔をしかめる。ぴったりした素材で身体のラインが丸わかりだ。
「制服だからね。着ないと呪文も使えないよ」
ネルバが当たり前のように言う。それにしてもフェルミはどこへ行ってしまったのだろう。早く見つけ出して本人と入れ替わらないと既成事実がどんどん積みあがって修正困難になる。
”あのバカ娘。フェルミはどこ”
呪文みたいに心の底で唱え続け、ようやく休憩時間を迎えた。
やっと校内を探索できる。娘を探し出して一刻も早く職員室に連れて行かねば。
「わたし、用事があるの」
適当に場をふけようとしたが、ネルバが腕をつかんだ。
「一緒に組まない?」
えっ、とマリスは身を引く。文字通り親子ほど離れた他人に懐かれても困る。それに本物のフェルミを発見するまでの関係だ。
「いや、わたしは…あの…その…」
「ファーディさんって、お母さんみたい」、とネルバは擦り寄ってくる。
「お母さん…って」
ネルバが言うには母は不慮の死を遂げたのだという。突然の不幸にパートナーも後を追うように亡くなったという。今は学童施設に預けられているという。
「ネルバって寮母さんがつけてくれたんです。本当の名前は…」
言いかけた時、二人の前をペチコート姿の女学生が走り去った。
「ちょ、フェルミ」
マリスは思わず言ってはならない固有名詞を口走った。
「…フェルミってどういうことなの?」
ネルバは目を丸くした。
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