たった一つの長所

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たった一つの長所

 谷口はデジタル世代の若者とは思えぬほど、電子機器の扱いに不慣れで、LINEというコミュニケーションツールの存在さえ知らなかった。そのため、彼の同級生たちは谷口という男が実は自分たちのおよそ倍以上の年齢であり、仕事を辞め、大学生となり、隠遁の哲学者として生きているだとありもしない噂話をした。そして、講義の中で行われるグループワークの際には、友のいない彼がどのグループに声を掛けようとするのかを見物することをを楽しんでいた。もちろん、最終的にはどこかのグループに入るのだが、グループワークで得た彼の言動や情報は全て仲間内で共有され、彼の噂話の材料となった。  およそ人間というのは、谷口のような弱者を虐めることに歓びを見出す生物だ。弱者を虐めることにかけて、年齢や性別は関係ない。どの社会、どの組織、どの世代においてもいじめは存在し、そして、徹底的に行われるものだ。中世において魔女狩りが民衆の娯楽であったように、自分とは違う、集団から外れた存在は差別の対象なのだ。それ故、谷口が教職課程を受講する同級生達から、どれだけ蔑ろに扱われていたのかについて、ここで具体的に説明する必要はないだろう。我々の周りにはこうした光景が常に確認することができ、大体においてそのパターンは決まっているからだ。ただここで具体的な仕打ちの例を一つ挙げるとするならば、電子機器の扱いに不慣れな彼に、グループワークの面倒な雑務を押し付け、自分たちはアルバイトや旅行、合コンなどに興じていたということだけを記しておこう。
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