天使の取り分

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 ――”もしも一つだけ願いが叶うのなら”  古今東西、様々な御伽噺や訓戒、果ては日常の会話にまで引っ張りだこな題材ではあるが、使い古されているだけあって、およそ人の想像しうる願いというものは(ことごと)く述されている。  だというのに、”正解”というのは未だに決まっていない。勿論、人によって願いが異なるからという理由はあるだろう。健康な人は解毒を望まないし、大富豪は金塊を望まない。  しかし、私はこう思う。大抵、命であったり、魂であったり、願いを叶えるには代償が必要だ。つまり、”死んでも叶えたい願い”なんていうものが無いからではないか、ということだ。 「ねー、まだー? ちゃちゃっと願いを言って、ちゃちゃっと魂をちょうだいよー」  眼前に、”自称”天使の女が、我が家のようにくつろぎながら、つまらなそうな顔をつくりながらゴロゴロと転がっている。 「だから、死ぬくらいならいいと言っているだろう」 「ケチだなぁ」 「それで結構。とっとと天界なり地獄なりへ帰るといい」  それは数分前の出来事だった。本日も社畜としての生を全うし、テレビを眺めながら酒を呷っていたときのこと。  ”天使と悪魔”みたいな番組名だったと思う。歴史上の偉人が、実は天使に啓示を受けていただとか、悪魔と契約していただとか、死者が反論できないのをいいことに、好き勝手に喋っていた。 「こういう番組、必ずと言っていいほど織田信長が出てくるよなぁ……」  なんてことない呟きだった。1人暮らしが長くなると、こういう独り言が多くなる。若かりし頃は、テレビドラマに話しかける母を馬鹿にしていたものだが、そう考えると自分の年齢を感じてしまい、少し落ち込んでしまった。  そう、独り言だった。返事なぞ期待していない独り言だったのだ。 「まぁ 三郎っちは実際に契約してたしねぇ」  すぐ横から返事が来た。さも当然のような顔をして、いつの間にか女性がいた。  音も気配も何もなかった。いったい、いつの間にいたのか。緊張感で肌がピリつくが、件の女性はどこ吹く風で座っている。 「だ、誰だ」 「私? 天使だけど」  そう言い放った女性を観察してみる。どことなく、絵画や彫刻のような、人間離れした雰囲気を纏っている。だが、どちらかというと、天使というよりは悪魔といったような感じがする。  挑発的な恰好をしているわけではないが、蠱惑的な表情というか、所作の一つ一つに色っぽさを感じる。妖艶という言葉がぴったり当てはまる雰囲気だ。
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