* 取り合いの結末 *

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* 取り合いの結末 *

*** 「問題です。油と竿で取り合いが起こる時、汗とともに生まれることは?」  いたずら好きの妹・トモカが爽やかな笑みを浮かべて、いきなり難問を投げかけてくる。ちなみに文武両道のトモカはあらゆる方面に造詣が深く、その自由な発想力は折り紙つき。三年早く生まれた姉のアドバンテージなんて余裕で飛び越え、身内の贔屓目かもしれないが将来が楽しみな逸材だと思っている。  そんなオールマイティな才能を持つトモカとは対照的に、姉の私は音楽しか能がない。と言っても、所詮は下手の横好き。長年続けた吹奏楽部でフルート演奏の努力を認めた上での大学への推薦話が浮上してきた程度のモノでしかないなのだが……。  ともかく、トモカは別格だった。  トモカの柔軟な思考には、いつも舌を巻いてばかり。年下という事実も忘れかけてしまう発想力に、姉として不甲斐なく思うこともある。だけど、トモカの目覚ましい活躍を見て、嫉妬に狂う気持ちが全く浮かばない事実は不甲斐ない中でもとても幸せな状況だと言えるだろう。  さて、そんな凡人中の凡人である私が、オールマイティな才能を持ち合わせているトモカの問題を片手間に解けるはずもないだろう。現に今も舌を巻いてばかりで、ちっともひらめく気配もない。 「えー、……汗とともに? ……戦い、とか?」 「いやいや、そんな単純な答えを問題にするほど野暮なことはしないよー」  ケラケラと笑って受け答えするトモカが、そんな単純でチープな解答を用意するはずがない。  勿論、そんなことは百も承知だ。それでも『そんな答え』しか返せないのは、凡人が凡人たる機転が利かないが故の残念な結果とも言えるだろう。 「…………」  自らの問題点を把握したところで、一朝一夕冴え渡るアイデアが漲るはずもまたないわけで……。  妹と同じ目線で対等に語ることは無理だけど、妹をとりまく斬新な世界観(謎解き問題)を説明してもらい、共有することは出来る。だからこそ、私はあっさりと降参をする。 「ごめん、さっぱり分かんないや」 「え? 嘘、もう降参なの?」 「降参、降参。私には無理だわー。トモカ、解説お願い!」 「えー。お姉ちゃん、ギブアップ早すぎだよー」  簡単に白旗をあげる姉の言動に少々不満げな顔をさせつつ、自作謎解き問題の解説希望を所望されたトモカは実に嬉しそうな笑みをこぼしている。そんなトモカの楽しそうな笑みを見つめながら、今日も我が妹の斬新な世界観を共有していく。 「えっとねー。まず『油』と『竿』。これは油そのもの、竿そのものではなくて『油』と『竿』各々の漢字を意味してるの」  そう言いながら、トモカはテーブルの上にあったメモ帳に『油』と『竿』の漢字をサラサラと大きく書き上げる。 「次のポイントは『取り合い』というワードね。お姉ちゃんは『取り合い』というワードにどういうイメージ持ってる?」 「うーん、奪い奪われ的な感じかな?」  このくらいなら、答えることが出来そうだ。というか、これでいいよね……?  我が妹ながら裏の裏をかいた意味深な解答を求められている可能性も否定することが出来ず、困惑しながら言葉を返してゆく。 「そう! お姉ちゃんの言う通り、まさに『奪い奪われ』がポイントなの!」 「……? どういうこと?」 「『油』と『竿』、それぞれの部首から一つずつ奪い奪われるしてみると……」  そう言いながら、『油』のさんずいと『竿』の『干』の字をくるりと結んでペアにする。 「そうなると、『汗』とともに生まれるモノは……もう一つしかないよね!」 「え……『笛』ってこと?」 「ピンポーン、正解!!」 「はぁー……。トモカは相変わらず凄いなあ。『取り合い』というワードだけ聞くと、どうしても争いや戦いのイメージが先行してしまうけど、こんな平和な問題に応用することも出来るんだねえ」 「そうだねえ、日本語って奥が深いからねえ。だからこそ、楽しんだけどね。ってことで、お姉ちゃん!」 「な、何……?」  急に神妙な面持ちをする我が妹にビビりつつ、言葉を返す。 「油片手に竿で釣り上げた魚を調理するなんて、素人にはハードルが高いからさ……」  そう言って、おさかなチップスをポンと渡してにこやかに去っていく。 「え、これって……」 「汗ばかり流して、楽しむ気持ちを忘れて(フルート)が嫌いにならないようにね」  言いたいことを言って、颯爽と立ち去る妹の姿を見送りながら、思わず心の声が漏れてしまう。 「…………はぁ。どっちが姉なのやら」  推薦話の本決まりまで、まだまだ半年以上ある中。フルートを吹くことが半ば強制労働のようになりかけていた。 「誰だって、ノルマな音楽は楽しくないよなあ……」  そんな大切なことさえ忘れてしまうくらい、受験に向けて早くもナーバスになりかけた私に対するエールが謎解き問題に込められているとは思ってもいなかった。というか、こんなにも楽しい気遣いを示しつつ、年上相手も怯まず諭す柔軟さは我が妹ながら惚れ惚れする。  そんなことを思いつつ食べるトモカからもらったおさかなチップスは、トモカが出した問題のような平和で優しい味がした。 【Fin.】
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