悪魔の平穏

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 僕たちは、勅命をほったらかしにして、ひとまず見回りを開始した。当番制のためサボるわけにもいかないのだ。  順路は城外の霧深い森のなかである。僕が兄貴に拾われてすぐの頃はよく人を見かけたが、最近は遭遇しない。  この霧が晴れることはない。エルフの一族との密約により、魔術を使って停滞させているらしい。  日差しの刺さらず黒く、風もないのに揺らめく、木々の合間を静かに歩く。警戒ではなく思索を巡らせていた。  どうすればエクスカリバーを見つけられるか?  ピピッ  小さく確かに響いた機械音に、僕たちは臨戦態勢に入る。  少し開けた場所で、この辺では一番大きい木が堂々とそびえていた。  音の正体を視界に収める。人間だった。その人間が手のひらサイズのレーダーのような物を持っていた。  人間も警戒しているようで、巨樹にぴったりと背をつけて、何度も首を動かしていた。 「いつも通り行くぞ。」  何十年ぶりかのいつも通りだった。  作戦は簡単。まず、兄貴が突っ込んで、相手の持ち物を蹴っ飛ばし、脅す。  今回は、人間が乗ってきたであろう、運搬車のトラックを横転させて、その上に立って、 「お前! 死にたくなければ出ていけ!」     兄貴に注目したところで、次に僕が気配を消して背後をとって、脅す。  人間は、声の主を視認しようと、巨樹から背を離した。  僕が背後に立ったとき、その人間は不気味に笑ったように見えた。距離をとるか? いや、今引けば確実に不利になる。相手は対悪魔用の切り札があるかもしれない。  僕は鋭い爪を首筋に立てて、  「忠告したからな。」  人間はゆっくりと、両手を挙げて、 「この意味は悪魔にも通じるよな。」 「ああ、もちろんだ。その前にお前は一人か?」 「一人で脱獄計画ってわけだ。」  一旦離れた。僕たちは人を不用意に殺したりしない。僕は好奇心の悪魔、人の情報は僕にとって食事とそう違わない。  恐怖で喋れなくなる人間は多くいたが、彼は安堵したようで、 「良かった。あなた方に会えて。」  兄貴が、 「どういう事だ?」 「この道を通れば、天使のような悪魔に会える、と都市伝説になっていたんだ。半信半疑だったが、良かった。やっと、あの国から逃げられる。」 「いくつか質問させろ。まず何故俺達がここを通ることを知っている? 俺達が侵入者を殺さないと知っている?」  当番制である以上周期的にここを通る。順路が漏れている、つまり、内通者がいる可能性がある。 「簡単だよ。あなたたちは人を殺さないから、生存者がいる。人間の国に帰ってきた者たちは常に同じ方向から逃げ帰ってくる。さらに約二週間に一度、くらいで、逃げ帰ってくる人間と、そうじゃない奴がいた。  悪魔間隔だと、微妙にズレているから合わせたり、近隣のホテルで宿泊客やら、古い記録ばっかりだから、時間がかかった。  それでも、逃げなきゃいけなかった。低くても、生きて渡れる可能性に賭けたんだ。」    よく調べている。そこまでする必要性がない。 「この先はエルフの国になる。人間とエルフの国をつなぐ陸路があるはずだ。交易路にもなっている安全な道だ。この森を抜ける必要はない。何が目的だ?」  この道は近道という訳ではない。では何故。いや、さっき、脱獄だ、逃げられるとか、言っていた。となると、 「人間の国から逃げてきたんだ。」 「人間の国は内乱がほとんど起きていないはずだが。それなりには安全な国だろ。」 「エルフの国では人間は奴隷なのは知っているだろ。」 「ああ、だから不自然なんだ。奴隷になりにいくのか? なら、人間とエルフの国の正規の陸路で、奴隷商人に身を売った方が早くて安全だろ。」 「なあ、人間は何故、自分達の種族が虐げられて、その元凶と貿易協定を結んでいるんだ?」  言われてみればそうだった。歪過ぎる。  僕は、 「エルフの洗脳魔術というのはそんなに強力なものなのか? そんな精度があるなら、数は絞られる。となると、政治家に限定される。なら、民衆がすぐに反乱が起こすのではないか……?」  そうだ、人間の国では内乱はほとんど起きていない。 「なあ、あなた達はエルフの王威大権って知ってるか?」 「あれって、王様にしか扱えない絶対の命令権だっけ? 内乱や同士討ちを防ぐためのもので、エルフにしか効かないはず。」 「輸血した相手にも効くんだよ。」 「輸血って血を他の人に分け与え得るものだよな。」 「やっぱり、その辺の知識は曖昧なんだな。その通りだ。」 「でも人間ってかなりの数がいるよな。輸血って怪我した人に行う治療だよな。そんな大量に怪我する人がいるのか?」  少しばかり沈黙が流れた。人間は僕たちの答えを待っているようだった。何かを推し測るような、値踏みをするような、目を向けていた。  そうして、兄貴がはっとしたように、 「そうか、五十年前の戦争の目的がそれか。」 「五十年前?」  僕が理性を獲得する前の出来事だ。 「もしかして、僕らが剣を集めた場所?」 「そうだ、五十年前、そこで戦争があったんだ。人間が仕掛けてきた戦争、悪魔の聖伐を謳った戦争、その人間の支援者としてエルフが関わっていたはずだ。」 「つまり、戦争の怪我人に輸血を行って、支配する目的だったと。人には善意があるんじゃないのか。」 「下衆どもめ。」  目の前にいる人間は、 「だからこそ戦争が起きるのは明白、だから逃げなきゃならなかった。」  兄貴が、 「何で逃げるんだ?」 「何でって、洗脳をかけた世代はそろそろ寿命だからな。もう一度かけ直すために戦争になるはずだ。」 「人間の寿命は短いからか。」 「だから逃げる。戦争になる前に。」  僕は、 「でもエルフの国で生きていけるのか。」  人間は奴隷と認識されている国で、人間が一人で暮らせるものなのか。アテがあっても厳しいのではないか。 「待ち合わせなんだよ。そのあと獣人の国を目指す計画なんだ。人魚を頼る。待ち合わせ相手に人魚の恋人がいるんだ。そこを伝って生きようかと。」  なるほど、獣人の国であれば安全かもしれない。獣人は人魚とは仲悪いが、人間、エルフとは対等に付き合っていたはずだ。  獣人の国でもダメなら人魚の国へ。 「人魚の国って水中にあるんだろ。人間は水中で呼吸出来ないって、読んだことあるけど。」 「そこは大丈夫だ。海原のど真ん中に小島がある。人が開拓していない島でね、そこに住もうかと。」  なるほど、良く練られている。絶対にうまく行くとは言えないが、応援したくなる。  僕は思い出した、 「長話をし過ぎたが、待ち合わせの時間とかあるんじゃないのか。」 「ああ、まだまだ事情が込み入っていてな、相手も出てこれるか分からない。あ、そうだった、護衛をしてくれないか?」 「護衛?」 「この先、エルフの国までで他の見張りがいるんじゃないのか。交渉だ。」 「交渉?」 「簡単だ。俺を他の悪魔に会わないように護衛してくれ。その代わり俺が提供するのは、車の中にある書物、機械だ。」  喉から手が出るほど欲しい。機械に興味がある。僕は鵜の目の悪魔、好奇心の悪魔である。欲しい。凄く欲しい。  が、僕にも理性がある。警戒心もある。 「何故、僕たちはがそういった類いの物を集めていると思ったんだ?」   「さっきと一緒だ。人間を生きて帰す際荷物を置いて帰れと言うらしいと聞いていたからな。知識を集めるのは高位の悪魔だけ。見回りをするようなやつは低位だけ。」  人間は、兄貴が横転させたトラックに近づいた。何かを漁っているようだった。荷台の入り口が樹の向こう側にあるので、大声になっていた。 「つまり、あなたたちは好奇心の悪魔か、もしくは、知性の悪魔の従者か。人間の知識ではそんな予測をたてた。もちろん、集めろと命令があって、人間の生死は問わないと言われているかもしれないが。」  どうやら発見できたようで、 「どちらにしろ、この数の書物、悪魔には機械は珍しいはずだ。交渉の材料になると思ってな。」  人間は何かを差し出した。兄貴が受けとると、 「これがカギだ。肌に離さずに持っておけよ。」 「まだ了承していないが?」 「あなたたちは欲しいはずだ。」 「もちろん欲しい。ただ、その交渉乗れないんだ。」  人間はすぐさまに退いて、右拳を胸の前に構えて、左手を後ろに回した。  この人間は良い奴だ。背中に隠した武器、それを使えば、カギを受け渡す瞬間攻撃すれば良かったのだ。  しかし、しなかった。本気で悪魔に取引を申し出て来たのだ。    兄貴は巨樹の向こう、エルフの国のある方角を指差して、 「ここからエルフの国までの間を見回りしてる悪魔はいない。護衛する必要性がないんだ。」 「ああ、そういうことか。なら大丈夫だ。ここで命を見逃してもらうための交渉だと思ってくれ。」  気が抜けたようで人間が言った。安心したようだった。  人間は自分用の荷物をトラックから取り出して、 「ほんとうにあなたたちに会えて良かった。またご縁があれば会いましょう。」  兄貴が、 「おい待て、本当に悪魔を信じるのか?」 「あなたたちを信用に値すると思う。天使のような悪魔さん。」    そう言って、暗い森と沈鬱な霧の中に消えていった。兄貴が、 「この後どうする?」 「とりあえず荷物家に持ち帰りましょ。そしたら、城内を探そ。」 「何を探すんだ?」 「エクスカリバー。」 「あー、そう言えばそうだったな。そうするか。」
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