悪魔の手助け

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悪魔の手助け

 僕たちは家にあの人間から貰った書物や機械を運び終わり、それらを読み漁った。  あのトラックは、少し動かして、森の中に置いてきた。さすがに、許可なくこの国であの車を走らせるわけにはいかなかった。 「お前ら、エクスカリバーは見つかったか?」  師匠が退屈そうに言った。 「まだです。」  兄貴がやる気のない返事をした。僕は、 「読み終わったら行きます。」 「まあ、その後でも良いけど、ちゃんと行けよ。」  了承しちゃうんだ。てっきり怒られるかと。    大量の書物はありとあらゆる国、年代、さらには手書きの物まであった。  嬉しいことに、医学書が多めにあった。今までの人は、医学書なんて持ち歩いて、悪魔のいる森に来ることはなかった。  手書きの書物はエルフの魔術に関するものばかりだった。人間が書いたものではなく、エルフが書いたものようだ。魔力がこもっている。記述のほとんどが、ある研究に固執し、失敗譚である。著者はソロモンと呼ばれる一族のようだ。  人間がエルフから買ったのか。人間の国で流通するのか? 人間は魔術を使えないと聞いたことがある。じゃあ、その人間の国で、手書きの魔導書が買えるのか? たぶん無理だ。  となると、エルフの国で買ったのか。奴隷が買えるのか?  いや、そもそも、あの人間はどこから来たんだ?   脱獄だと言っていたのは、エルフの国から、奴隷として逃げ出してきたのか?  トラックの頭はどちらを向いた? 荷台の入り口が立ち位置的に巨樹の向こう側にあったはずだ。トラックの頭は人間の国の方を向いていたではないか。  いやいや、あの辺りは開けていただろ。向きを変えるくらいできるのではないか。車輪の後があれば確定だ。 「ああ! ちゃんと見てこれば良かった!」  観察力が無さすぎる。交渉や取引、貿易なんてものを行いたいなら、騙し合いに負けないだけの洞察力が必要なのに。 「どうした?」  師匠が驚いたと顔に載せて言った。 「何が?」  僕は府抜けた声が出た。 「急に大声出すから、割りと落ち込んだ声だったから余計。さっきまで嬉しそうにしていたのにさ。」 「そうでしたか?」 「そうだったよ。まあ久々これだけの書物がてに入ったら嬉しいのはわかるがな。」    自分の研究に没頭していた兄貴が、 「それだけじゃないだろ?」  そうだ。無意識に高揚があったのだ。 「……人間が取引を申し出てくれたんです。」  悪魔にも価値があると、 「悪魔にも交渉するだけの、価値、理性、知性があるんだって分かってもらえたんですよ。嬉しいじゃないですか。」    師匠は悲しそうに、 「昔から悪魔の存在価値はあるがな。」 「世界の敵、ですか。」 「そうだ。上位種族が作った、世界のシステム。人という種族が互いを憎まず争わず、共存させるためのシステム。神代から、引き継いだ真性の悪魔とは違い、より感情を引き寄せ、安定させようとしたんだ。」  人というのは、上位種族が産み出した人間、エルフ、獣人のことを指している。 「実際、今の平穏だって、共通の敵がいるからってことで、ギリギリ保たれているからな。」    兄貴が、 「それも、内乱という形で崩壊し始めている。」  少し空気が重くなった。全員が違う思いを、瓦解を開始した平穏に寄せていたのだろうと思う。過去に何かあったのだろうか。  兄貴のことも、師匠のバフォメット様のことも、僕は知らなかった。過去を教えてもらえるだけの存在に僕はなれただろうか。    空気を変えようとした兄貴が、 「そうだ、師匠は獣人種が何を目指しているか知っていますか?」 「お前は知ってるのか?」   「ええ、四十年前、獣人から押収した書物を解読し、見つけたんですよ。人間は科学を使い未来を見ようとする。エルフは魔術を使い過去を見ようとする。」  僕は兄貴の話に耳だけを向けていた。 「獣人種は現在を見る。ここまでは簡単。問題は手段。獣人種はそのために、獣の姿に近づくんですよ。アヌビス神みたいに。」  獣人種は、人間の体に獣の耳と尻尾がついている、姿をしている。 「すごいでしょ。俺が四十年、獣人の言語、たぶん非常に古い言葉で書かれた書物なんですよ、それを手元にある書物から照らし合わせて、研究し、ようやく分かったことですから。新事実ですよ、新事実。」  僕が理性を獲得して、初めての見回りの時に、珍しく獣人種が森にいたのだ。その時から、独学で読みとこうと頑張っていた。  僕たちは、人間、エルフ、の言語なら問題ない。しかし、獣人種の言語が住む場所がちょっと違うだけでも、種族内でも通じなくなるらしい。  僕は首都で用いられている言葉なら、どうにかなる。兄貴が読んでいたのは、神代の爪痕が多く残る、種族内でも異質の言語を持つ地域のものだった。 「四十年前のは新事実とは言わないよ。」 「たかが四十年ですよ。四十年でもそう違わないですよ。」    兄貴に悪いが現実を教えなければならない。僕はあの人間から機械を使って、画面と呼ばれている光る部分を見せて、 「これカレンダーって言うんだって。」 「それがどうした?」 「この画面の左上。」  2700年。  兄貴は急いで、書物の最後のページを見た。  1570年。   「ちくしょう……」  悲嘆に暮れる兄貴をほっといて、さっきの話で気になったことを師匠に聞く、 「頭が獣で人の体躯、それが獣人種の進化ですよね? なら師匠、あなたの姿は一体何ですか?」  師匠の名前はバフォメット。山羊の頭を持って、人の体躯。 「師匠は、真性の悪魔ではないんですか?」 「違うよ。堕天使のルシファーと同じだよ。昔、天使だったが悪魔になった。俺は昔、獣人だったが悪魔になったんだよ。」    師匠にしては珍しく自分の話をした。 「ルシファーが堕天したのは、どうしてか、知ってるよな。」 「力を持ちすぎたから。」 「その通り。俺も一緒だよ。人の身で知りすぎたんだ。」  僕は意を決して、 「兄貴と師匠の出会いについて教えてくれませんか?」 「そうだったな、お前に話したことは無かったな。そう面白い話じゃないがな。」
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