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さて、それより時間は遡り、半日程前の深夜のこと……。
「――霊よ、現れよ! 偉大なる神の徳と知恵と慈愛によって我は汝に命ずる! 汝、ソロモン王が72柱の悪魔序列33番、家令公子ガアプ!」
プタハ郊外にある打ち捨てられた古い城跡で、エイドレアンは密かに儀式を行っていた。
蒼白い月明かりに照らされる、崩れかけた石造りの廃墟の中、頭に専用の宝冠、白い祭服の左胸に金の五芒星、右裾には仔牛の革製の六芒星円盤を着けたエイドレアンは、ハシバミの木の枝で造られた魔法杖を掲げ、魔導書に記される悪魔召喚の呪文を唱える。
その足下の冷たい石の床には、とぐろを巻く蛇の同心円と五芒星、六芒星を組み合わせた複雑な図形が赤や黄、青、緑といったカラフルな色使いで描かれ、さらにその前方には深緑の円を内包する三角形が記されている……〝ソロモン王の魔法円〟である。
「……霊よ、現れよ! 偉大なる神の徳と知恵と慈愛によって我は汝に命ずる! 汝、ソロモン王が72柱の悪魔序列33番、家令公子ガアプ!」
「我のような悪魔に何用だ? 神に仕える人間よ……」
幾度か召喚の呪文を繰り返す後に、前方の三角形の上にむくりと黒い影が浮かび上がり、やがてそれは蝙蝠の翼を持つ、頭に二本の角の生えたいかにもな悪魔へと姿を変える。
「神の僕が我らに何用だ!?」
「事と次第によってはこの場で手討ちにしてくれようぞ!」
また、その周囲には屈強な体つきをした威厳ある王が四人、悪魔を囲むようにして控えている……魔導書『ゲーティア』の記載からすれば、間違いなくお目当ての悪魔――人間の精神を操り、無知にしたり、憎悪を抱かせたりすることができる家令公子ガアプだ。
「ようやく現れたか……家令公子ガアプよ! 誰もが膝を屈する偉大なる主の名において我は命じる! この度の帝国選挙でフランクルーゼ一世を推す選王侯達に、預言皇レオポルドス10世に対する憎悪を抱かせよ! 預言皇を憎み、彼の擁立したフランクルーゼ王に対しても嫌悪の念を起こさせよ!」
恐ろしげな悪魔の出現にも驚くことなく、ガアプの印章の記されたペンタクル(※円盤状の魔術武器)を堂々と突きつけながら、いたく慣れた調子でエイドレアンはその悪魔に命じる。
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