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せっかくのひとり暮らしなのだし、色々と工夫してみることにした。 携帯の充電器は勉強机のそばにおかないようにして、テレビも視界に映らないようにした。不合格通知を玄関のすぐ近くの壁に貼る。 悔しかった想いを忘れたくないから。 だけどいまのわたしは悔しさよりも怒りの感情のほうが強かった。だれに対してかって。 それはもちろん、おとうさんに対してだ。 「おかあさんは結婚する相手、まちがえたと思う」 透明ひもでダンボールを束ねるおかあさんについ文句をこぼした。 重い荷物を運ぶのにくたびれたおとうさんは「ちょっと休憩」と出ていったきり行方不明だ。 携帯には『探さないでください』のメッセージ。どうせ競馬かパチンコだろう。 愛はお金で買えないけれどお金で伝えられる愛がある。 そんな名言を言い放った人とは、とても思えない。 「いつものことだから、気にしたら負けよ」 春一番が吹いて、おかあさんの言葉はかき消されてしまう。机のうえの資料がぱらぱらと暴れる。明後日から通う予備校のパンフレット。 わたしは窓をしめて遮光カーテンをひいた。今年の春はすこし眩しい。 「ねえ、約束して」 おかあさんは貯金通帳を手渡しながら言った。 「ご飯は毎日食べて、身だしなみには気を配るのよ」 「おかあさんこそ、うーたんの世話はしっかりね」  うーたんは我が家で飼っているウサギさんだ。 ネザーランドドワーフという凛々しい品種名に反して、全身が綿菓子のようにもふもふして愛らしい。 「寮のなかを見てくるね」 さびしさがどんどん強くなってきたわたしは、あふれる涙をぬぐいながら部屋を出た。エントランスまで降りて施設案内を眺める。 さて、どこにいこう。 迷っているとマロン色のロングヘアーの女の人が入口からやってきた。 すごく大人っぽくて垢抜けている。 「こ、こんにちは。今日から引っ越してきた、井上 恵実(えみ)です」 その人はちょっとびっくりした表情のあとで口角をもちあげた。 「はじめまして。わたしは保科 未奈(みな)。未奈って呼んでね」 そのほほえみがあまりにもすてきで、わたしは彼女の友達になりたいと願った。
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