松ぼっくりおいかけっこ

2/9
前へ
/9ページ
次へ
 乾郁馬(いぬいいくま)安住律(あずみりつ)千川銀次(せんかわぎんじ)は祖国淡野(あわの)藩で幼馴染の関係にあった。郁馬と銀次が律より二つ年上である。藩邸の立ち並ぶ一画、家が隣同士だった三人は子供の頃よく屋敷を抜け出して、一緒に野山を駆け回った。  成長すれば銀次と郁馬は同じ道場で腕を競い合い、律が誰もが認める器量よしになると、どちらが彼女をおとせるか勝負にもなった。  軍配は郁馬にあがり、律と郁馬は許嫁となる。寄り添う二人があまりにも幸せそうで、銀次はいっそ清々しい気持ちで身を引けたのに。  安住家の小男が、当主の藤一郎(とういちろう)が郁馬に斬られたのだと千川家に助けを求めてきたとき、銀次はそれを信じられなかった。しかし着の身着のまま安住家へ走れば、そこには誤魔化しようのない現実が広がっていたのだ。  血だまりの中で倒れ伏す藤一郎。その脇で膝をつく律、そして律に寄り添う弟の藤吉(とうきち)。  郁馬の姿はなかったが、このときすでに裏口から逃げ出して、その日の晩には藩を飛び出していたらしい。    現実を受け入れられない銀次と違い、律のその後の行動は早かった。  父親を失った当日こそ魂が抜けた有様だったが、翌日には藩に敵討ちの免状を申請し、数日で旅支度を整え、弟と共に国を出てしまったのである。  武家にとって敵討ちは義務だ。仇が討てねば藤吉は家を継ぐことができず、姉弟は寄る辺を失う。  律は幼い弟のために、夫となるはずだった男を討つ決意をしたのである。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加