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乾郁馬と安住律、千川銀次は祖国淡野藩で幼馴染の関係にあった。郁馬と銀次が律より二つ年上である。藩邸の立ち並ぶ一画、家が隣同士だった三人は子供の頃よく屋敷を抜け出して、一緒に野山を駆け回った。
成長すれば銀次と郁馬は同じ道場で腕を競い合い、律が誰もが認める器量よしになると、どちらが彼女をおとせるか勝負にもなった。
軍配は郁馬にあがり、律と郁馬は許嫁となる。寄り添う二人があまりにも幸せそうで、銀次はいっそ清々しい気持ちで身を引けたのに。
安住家の小男が、当主の藤一郎が郁馬に斬られたのだと千川家に助けを求めてきたとき、銀次はそれを信じられなかった。しかし着の身着のまま安住家へ走れば、そこには誤魔化しようのない現実が広がっていたのだ。
血だまりの中で倒れ伏す藤一郎。その脇で膝をつく律、そして律に寄り添う弟の藤吉。
郁馬の姿はなかったが、このときすでに裏口から逃げ出して、その日の晩には藩を飛び出していたらしい。
現実を受け入れられない銀次と違い、律のその後の行動は早かった。
父親を失った当日こそ魂が抜けた有様だったが、翌日には藩に敵討ちの免状を申請し、数日で旅支度を整え、弟と共に国を出てしまったのである。
武家にとって敵討ちは義務だ。仇が討てねば藤吉は家を継ぐことができず、姉弟は寄る辺を失う。
律は幼い弟のために、夫となるはずだった男を討つ決意をしたのである。
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