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今、銀次は江戸の淡野藩下屋敷を目指している。だがその足取りは重い。
下屋敷には律がいるはずなのだ。正直、会いたいと思うと同時に怖くもあった。
律が国を発つその日、銀次は街道で彼女を呼び止めた。松の林道、葉を秋色に変えた枝が頭上で揺れていた。
突然幼馴染二人が陥った現実。銀次には大切な友とかつて愛した女性が殺し合うなどとは受け入れ難かった。なんとかしなければという焦りばかりが、当時の銀次にはあった。
律は弟の藤吉を引き寄せて、銀次と向き合う。
「私は郁馬さんを必ず討ちます」
射貫くような鋭い瞳だった。愛した男に父を斬られた女の目に銀次は気圧された。
律は弟を促すと、踵を返してしまう。彼女の細い背中が遠ざかる。その迷いない足取りに、銀次の焦燥は増した。
慌てて律を追おうとして、銀次は何かを踏んだ。足元を見れば松の実が一つ転がっている。種を飛ばした後の、大きく実を開いた松ぼっくり。
「律殿!」
力いっぱい銀次は律を呼んだ。彼女の足は止まらない。もう、彼女の決意が覆せないのならば。
「私はあなたに郁馬を斬らせるようなことはさせません。郁馬は私が討ちます」
敵討ちは代理をたてることもできる。
幸せそうだった郁馬と律。それを眺める銀次も幸せだったのだ。どんな事情があれど何も言わず姿を消し、律を悲しませる郁馬を許せないと思った。だから足元の松ぼっくりを拾って、ここに誓う。
ようやく律が振り返らないまま、足を止めた。
「では、私と銀次さんで郁馬さんの取り合いですね」
律の声は泣いているようだった。
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